文と写真/藤井誠二 

 

9月16日 [THU]

 

 羽田空港の「うちのたまご 直売所」でたまげかけご飯を二杯かっこんで、フライトまで朝日新聞を読む。朝日新聞の「社会批評」に東畑開人さんの論考が出ていて頷かされた。彼のことは「アエラ」の「現代の肖像」でも書かせてもらったことがあり、一時はしょっちゅう東京・品川付近で会っていた。俊英の臨床心理学者だ。

分断が刻まれた社会に必要なのは、宣言一つでひとびと気持ちを一つにすることではないはずだ。谷間を無理に埋めるのではなく、谷間は谷間として存在を認めること。そのうえで、谷間に向こうからの声を聞き、遠くの耳にまで言葉を届けること。バラバラになった孤独たちの間で、それでもなお言葉が行き交い続けることよってのみ、社会はかろうじて存続しうると思うのだ。

 ぼくが東畑さんを取材したときは彼がブレイクしたきっかけになった『居るのはつらいよ』が広く読まれだしてしばらく経った頃で、たしかコロナの第三波のあたりだったか。「コロナ禍で家にいるのはつらい、とはどういう社会なのか」というテーマをぼくが勝手に設定して、東畑さんへ投げ、インタビューを続けていった。

 白石和彌監督の「孤狼の血 LEVEL2」を東京の映画館で観たせいか、アジアのノワールものが観たくなり、往路ではタブレットで韓国映画「チング 永遠の絆」(2004)を観直してきた。

 白石監督のことも「アエラ」の「現代の肖像」で書かせてもらったことがあり、もちろん作品はすべて観ている。ずいぶん言葉を交わした。ぼくはまごうことなき白石ファンというか、リスペクトする表現者の一人である。ちなみに、今回の作品もすばらしかったのだが、主人公の一人、鈴木亮平演じるシリアルキラーのようなヤクザが在日コリアンであることの描き方 ─白石監督の「差別」と「暴力」に対する意図はわかるのだが─ が些か粗い感じは否めなかった。

 那覇空港に着いて閑散とした午後の空港内の売店で売れ残った400円の弁当を、売店の電子レンジであたためて喰う。しばらく、椅子に座って惚けていた。

 部屋に着いてからも韓国のノアールものが観たくなり、ナ・ホンジン監督の「哀しき獣」(2012)と前作の「チェイサー」(2009)をこれも観直していたら、日付が変わっていた。映画を観ながら7~8年前に買ってため込んでいたイタリアのトマト缶詰を七個使ってトマトソースを仕込む。どうせ、あまり出かけないから、これをいろいろ毎日アレンジして食べよう。

 

9月17日 [FRI]

 ある業界誌に元編集者の瀬尾健さんの連載に自分の名前を見つけた。

 僕が伊良部島の話を何度も書くのも、一種のマウンティングというか自慢だろう。本人は「幸運な早期退職で大金を手にし、沖縄に別荘購入!こう書くとまるで絵に描いたスノッブ成功者でしょ? でも実は全然違ってですね・・・」とズッコケ話のつもりでいても、結局はオルタナティブを手に入れた都会人の俺スマートでしょ、という自己陶酔からは自由になれない。
 そもそも、土地建物の管理にしても隣近所・地域のつき合いにしても、本当の苦労は二階を守ってくれているゲストハウス主人に任せてしまい、僕らは時々顔を出してはオーナー風を吹かせているだけだ。これは"よいとこ取り"だから楽なのだ。いつまでもお客さんだから。こういう自己欺瞞には自覚的でありたい、とは思っている。いま快適で楽しいのは、欺瞞の上にあぐらをかいているからだ、と。
 だから藤井誠二の「沖縄・東京二拠点生活」などをケッと思いながらも注意深く読んでいる。藤井は那覇のマンションを買ったようだが、勿体ない、と思う。もし情熱と暇があるなら都会ではなく、田舎の、部落の中の古い戸建てに住むのが良い。それがもっとその土地を味わえる(苦労も味わえる)方法だ。那覇だと東京と変わらない。何やらハビトゥスというか自分を揺るがせずに済んでしまう。文人のまま、都会人でいられる。
 文化人・都会人・内地人のハビトゥスをまとったまま沖縄に接し、沖縄を語る欺瞞があると思うのだ。とくに県紙が文化的な本島では"内地の文化人"が"沖縄に好意的"というだけでゲタを履かせてもらえる。そうした特権を有する者が発する"ウチナー論"がどれほど真実をえぐれているか、僕は疑問に思う。

 だから、一時期、沖縄に定住していた社会学者の打越正行さん(『ヤンキー地元─解体屋、風俗経営者、ヤミ業者になった沖縄の若者たち』)と、沖縄大学教員の樋口耕太郎さん(『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』)が好きだと瀬尾さんは書いていた。ちなみにぼくは、打越さんは友人だし著作も評価しているが、樋口さん ─かつてインタビューさせていただいたことがある─ の『沖縄~』という本に書かれている、沖縄に対する視線が嫌でたまらなくて、本人に公開で批判を送った。残念ながら返信はなかった。やっぱり、と思った。でも、ブロックはされなかった。この本はネットでもずいぶん賛否両論あって、とくに沖縄で「炎上」していた。

 瀬尾さんには、拙著『沖縄アンダーグラウンド─売春街を生きた者たち』の取材費用を集めるためのクラウドファンディングに協力してもらったし、そのときにお目にかかっていて面識もあったので「読みました。いろいろ考えさせられました」とSNS上でメッセージを送ったところ、「こんど伊良部島に遊びにおいでよ」と返信が来た。彼の文章には何も反発も感じなかったが、あえていえば、ずっとぼくが考え続けていることの一つを念押しされた感覚だろうか。ぼくは取材者として動きやすいように那覇の中心に住んでいるし、取材者という「鎧」のようなものを着ていないと人とコミュケーションを取れないヘタレなので ─まあ、業のようなものかもしれないとでも今のところは言うしかないのだけど─ 書くもので評価をしてもらうしかないのかな。

 昼過ぎに起きて夕刻まで仕事をして、新都心に映画『ドライブ・マイ・カー』を歩いて観に行った。うまく書けないが、観終わって、ぼくが生きてきた道筋の中で蓋をしてきたある感情に気づかされた気がする。この映画を観ようと思ったのは、数十年来の友人であるライターの尹雄大さんが濱口竜介さんにインタビューしている記事を読んだからだ。濱口さんが映画「ハッピー・アワー」を発表したときにおこなわれたものだ。全編は尹雄大さんのオフィシャルブログから見られるようになっているので読んでほしいが、たとえば次の箇所がとくに印象に残る。

尹:自分の仕事に引きつけて言いますと、聞き取った内容をまとめる仕事はノンフィクションでありながらフィクションの要素もあります。嘘を書くわけではなく、断片的な事実をストーリーとして綴るためには書き手の描写が必要だからです。
その際、濱口さんが他の脚本家とのあいだで起きた通じなさなと同じようなことが生じます。僕にとって「この人はこういうことを言わない」文言が読者への説明として必要だと言われることがあります。でも、「そういうことは、この人のからだは言わない」という確信があります。
濱口:それを言わないと話がつながらないと編集者は感じるわけですね。
尹:はい。でも、生身の人間は説明的に生きていませんよね。話に脈絡がなかったり飛躍があるのが当たり前です。いつでも理路整然と語れるわけがないし、辻褄の合う行動を常にしているわけでもない。
濱口:そうなんですよ。ドラマを語るということは、どうしたってご都合主義です。だからドラマをあるテキストで進めていっても、実際のからだで演じると「そうはならないよ」ということが非常にたくさん起こります。

 インタビュー全体を読まないと意味がわかりづらいかもしれないが、深く首肯することを二人は話し合っている。深夜になって、キム・デギュン監督の「暗数殺人」(2020)を観てから、仕込んでおいたトマトソースをパスタにかけて食った。寝たのは深夜3時ぐらいか。

 

9月18日 [SAT]

 今日も、仕込んでおいたトマトソースをアレンジしてご飯にかけて食べ、仕事に取りかかる。合間に岡本尚文さんの写真集を本棚から取り出してゆっくり開く。前回は岡本さんの個展に二回行って、御本人とゆんたくしてきたが、あらためて写真集をじっくりと開く。個展に展示されていた作品はここに収められている。『沖縄01 外人住宅 OFF BASE U.S. FAMILY HOUSING』と、『沖縄02 アメリカの夜 A NIGHT IN AMERICA』。

 後者の写真集には、

(前略)『アメリカの夜』というタイトルはフランソワ・トリュフォーの映画から想起した。昼間に夜のシーンを撮るためにブルーのフィルターを装着して「夜」を撮影する。フェイクな夜。そのことを浅川マキは『アメリカの夜』という曲で歌った。私は音楽をきっかけにアメリカの文化に強く影響を受けた。それは「格好いい」フェイクなアメリカでもあるが、この島の深淵には別の顔が潜んでいる。沖縄とアメリカ、日本、そして自分との関係。それが何なのか、ずっと答えを探している。だから写真を撮り続けて「採集」をする。夜に現れるアメリカを。

 というまえがきが書かれている。

 岡本さんが「採集」した風景は昼間に見ると、老朽化のせいもあって、ほこりっぽく感じる。時代の遺物的な感じもある。しかし、夜になると闇をまとって表情を変える。暗さと照明のせいだけではないはずだ。それがなぜだか、ぼくにはわからない。ちなみに上間陽子さんの『裸足で逃げる』の表紙写真は岡本さんの作品だ。