文/ステファン・ダントン 写真/冨田 望

 

人形町で「おちゃらか」を再オープンしたのは2020年の7月26日のことだった。人形町を移店先に選んだ主な理由は、①都心からのアクセス、②江戸から続く下町らしい風情、③飲食店の多さだった。コロナ禍が終わって東京に戻った観光客に「フランス人の日本茶屋さん」を最大限アピールできると考えていた。

 古き良きまちでのリスタートから1年余り。ようやくコロナ禍の終わりが見えてきた。それでもまだ観光客は戻らず、商売としては大変だけどケ・セラ・セラ。ステファンらしく明るく地道に足場づくりを進めてきた。

 

人形町へ移店してから1年。内装、外装とも整う

■地元で知られる顔になる〜〜基本はあいさつ「おはよう元気?」

 

 1日の始まりは「おはよう元気?」

 店の前をゆく近所の人に声をかける。駅に向かうサラリーマン、幼稚園に向かう親子連れ。自分の手でコツコツこの店の内装をつくり始めたころから毎日あいさつを交わしている。今では近所の人みんなが顔見知りだ。

 人形町は魅力的な飲食店がいっぱい。伝統的な和食からお好み焼き、フレンチ、ハンバーガーショップまで、ランチ選びも楽しい。日が暮れて店を閉めるとお腹が減って、誰かとしゃべりながら何かつまみたくなってくる。焼き鳥、小料理、寿司、今夜はどこに行こうか考える。

 1年以上通って常連になった店ののれんをくぐるとき、私はいつでも「おはよう元気?」と声をかける。先客に顔見知りの近所の商店主を見つけてたわいもない話をしているとき、人形町が自分の地元になりつつあるのを実感する。

 

おちゃらからすぐのところにある酒店。夕方から立ち飲みができ、常連に

昔ながらの定食屋さん「おおいし」。職人気質と味に感銘を受け、店の前を通りかかったときは、あいさつする間柄に

 あいさつするのは人間だけじゃない。神様へのあいさつも欠かせない。人形町は神社が多い。七福神巡りができることを知った私は、暇を見つけて一つひとつ巡ってみた。すると偶然にも布袋様をまつる神社が「おちゃらか」にぴったりの「茶の木神社」だったのだ。周囲に茶の木が植え込まれた社に通う日々。さすがに神様に向かって「おはよう元気?」とはいわず、作法通りにお参りしているが。

 リヨンの歴史ある商店街で育った私は、母から「商売の基本はあいさつだ」と叩き込まれてもきた。周囲との関係づくりが商売の基盤づくり。東京の下町の商店街でも基本は同じだと思う。

 

茶ノ木神社でお参り。江戸時代から周囲に植えられたお茶の木の見事さで有名だったそう。火伏の神として崇められてきた。

■まちの人みんなを常連客に 〜江戸っ子は頑固なようで柔軟だ

 目当てだった観光客が来ないこの1年余り、新生「おちゃらか」を支えてくれたのは地元の人たちだった。

 人形町は古いまちだ。何世代にもわたって住み続ける江戸っ子も多い。商人や職人のまちだから気っ風もいい。でも、だからこそ頑固なところもあって「外国人のお茶屋さん」を受け入れてくれるまでには少し時間が必要だろうと思っていた。

 ところが意外なことに、「おちゃらか」の常連になってくれたのは古くからの住人が多い。老舗の主も多い。気心知れるようになった飲食店の三代目は、最初は「外人が日本茶専門店?なんだいそれは」と敬遠していたけれど、私の仕事ぶりを見て「なかなか頑張ってるな」と思うようになったという。今では、新作のお茶を試飲しては忌憚のない感想を聞かせてくれる。

 江戸っ子っていうのは、自分の意見を率直にいうし、頑固なところもあるかもしれないが、一度認めてくれれば強い味方になってくれる人たちだと思う。

 

路地裏には飲食の老舗が軒を連ねる。新しいお店も進出する中、人情は残り続けている。

編集協力/田村広子、スタジオポルト

「ステファン・ダントンの茶国漫遊記」vol.61 (2021.10.7)

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【新店舗】

東京都中央区日本橋人形町2-7-16 関根ビル1F
(東京メトロ日比谷線、都営浅草線「人形町」駅 A3出口)

おちゃらかHP(オンラインションップ併設)はこちら

 

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