■新大久保は「国際的な下町」

 蘇州出身の朱さんが日本に来たのは2005年のこと。もともとは留学生だった。

「日本はやっぱり先進国ですから。環境も治安もいいし、それにがんばればがんばるほど稼げる国ってイメージですよね」

 そう思って海を渡ったのは、なんと高校を卒業してすぐ、18歳のとき。大学生や、卒業後に留学してくる人がほとんどの中、朱さんは若いうちから日本社会に飛び込んできたのだ。そして日本語学校で言葉を覚え、大学で学んだ後に就職。いくつかの仕事を経験し、池袋にある中華食材の有名店『陽光城』で働くことになったのは2015年だった。

 それから社内の異動で新大久保店を任されるようになったのは、今年の7月から。すでに20年以上も営業している、この地域でもとりわけ老舗のエスニック食材店のひとつだが、長年店を預かってきたご夫妻が年齢もあって引退することになり、その後釜が朱さんというわけだ。

「新大久保に来てみたら、山手線の東側はコリアンタウンで、こっち(西側)はミックスじゃないですか、ネパールとかベトナムとか中国とか。これちょっと面白いですよね。国際的な下町って感じ」

 うまいことを言うなあ、と思った。いまやさまざまな国の人間が行きかう街となった新大久保だが、まったく洗練はされておらず、アジアの雑多でガサツな市場のようだ。ヒンディー語や日本語で値段交渉する人々の傍らで、バングラデシュのおっちゃんが日本語で「らっしゃい、らっしゃーい」とか声を上げていたりする。確かに下町なんである。そんな光景に中国人が面白さを感じているということも、僕としては興味深い。

異文化体験が好きだという朱さんは、コロナ前には東欧によく旅行したそうだ。東欧は中国人ならビザ不要な国が多いとか