来春に「江戸前鮨」の本を出そうと企て、1年ほど前から東京は勿論のこと全国の鮨屋巡りをしています。福島いわき市の「鮨いとう」群馬舘林の「おばな」新潟新発田の「鮨登喜和」石川野々市の「すし処めくみ」愛媛伯方島の「あか吉」など、地方にも「江戸前鮨」屈指の名店があることを知りました。

   

    軽視していたわけではありませんが、うっかり見過ごしていたのが、東京近郊と関西です。久しぶりに訪れた横浜関内の「はま田」へ出かけてみると、いまや東京でもなかなかお目にかかれない正統派の「江戸前鮨」で、その美味しさを再認識しました。

 ご主人浜田剛さんとおしゃべりしているときに、京阪神の鮨の話題になり、京都の「まつもと」の名前が上がりました。そこで、久しぶりに「鮨まつもと」へ出かけてみようと思ったわけです。

 

 「鮨まつもと」は祇園の一等地にあり、今から16年前に店を開きました。親方の松本大典さんは、東京・新橋の烏森神社境内にある「鮨しみづ」出身で、そこで修業を始めたころから、私は彼の仕事ぶりに注目していたひとりです。親方の清水さんの横について二番手の職人だったのですが、とりわけ「わさび」の下ろし方が見事でした。大振りなおろし金で、わさびをごしごし下ろすのではなく、優しくゆっくり楕円を描くように下ろしてました。携帯用の小さなおろしですと、どうしても力が入ってしまい、わさびの辛みだけが立ってしまいます。わさびは夏季が旬で、気の短い職人が気長に丁寧に下ろしたわさびは香気が立ち昇り、辛さが目立ちません。そば職人が石臼でゆっくりゆっくりそばを挽くのと同じ要領で、急いで石臼を廻して熱を伝えてしまうと香りが飛んでしまうのですね。

    16年前、開店早々に出かけ、そのあと一度お邪魔して以来の訪問です。カウンター席中央に案内され、久しぶりの挨拶を交わすと、松本さん、わさびを下ろし始めました。聞けば、職人に任すことがほとんどだそうですが、仕事始めは自分でわさびを下すとのこと。おろしたてのわさびで一杯いける、稀有な鮨屋でもあります。

 

親方の松本大典さん