文と写真/カワノアユミ

 

日本には様々な横丁がある。表通りから少し逸れた道に入ると並ぶ小さな看板の数々。ノスタルジックな赤ちょうちんやスナックが並ぶ”昭和横丁”から、バブル崩壊以降は寂れた趣の”平成横丁”。今どきの若者に人気の渋谷や恵比寿にある”令和横丁”まで、横丁にはその街の歴史が詰まっている。その空気に惹きつけられるかのように、今日も日本のどこかの横丁で呑んだくれる女が1人……。これは、元底辺キャバ嬢カワノアユミが織りなす横丁探訪記である。

 

■カオサンの思い出

 和歌山市にバックパッカーの聖地であるカオサン通りがあるー。そんな噂を聞いたのは今年6月、全国的に緊急事態宣言の解除の目処が立っていないときだ。和歌山市は関西の玄関口である関西国際空港から車や電車で1時間足らず、大阪市内からよりもアクセスがしやすいのでバックパッカーが集まっても何も不思議ではない。だが、和歌山市がカオサンとは一体どういうことなのか。

 

 タイのカオサンには私も何度か泊まったことがある。始めて足を運んだのは2004年。最近、再びリバイバルされている「平成ギャルブーム」も終焉を迎える頃。遊びたい盛りだった私は歌舞伎町で底辺キャバ嬢をしながら、週末はクラブに通う生活を送っていた。毎週のようにクラブやレイブ(今でいう野外フェス)に行っていたわけだが、それと同時に私のまわりの元ギャル、元ギャル男の間で人気を集めていたのがタイ旅行だ。タイの離島で満月の夜に開催されるフルムーンパーティーが「ヤバイ」とか、タイにはゴーゴーバーという女の子が水着で踊っている店があってそれがまたヤバイとか。何しか”ヤバイ”という話をよく耳にした。

 

 それは私にとって朗報だった。18歳のときから都内で1人暮らし。クラブもホストも行き尽くして日本の夜遊びにもそろそろ飽きていた。何の根拠もなく、ただ「タイがアツイらしい」という友人の言葉だけを頼りにタイへ旅立つことに決めた。そして2週間後、バンコクのカオサンに降り立ったというわけだ。

 

2004年のカオサン通り(写真提供/室橋裕和

2004年、初めてのタイ旅行。ゴーゴーバーで飲んだくれる筆者

 ご存知の方は何を今更と思うところであろうが、知らない人のために軽く触れておきたい。カオサンとはタイ語で「精米」という意味で、1970年代まで精米を売る店が並んでいたことからその名がついた。1980年頃からバンコクを訪れる外国人観光客が増えたことにより、安い宿泊施設を地元住民が空室をレンタルしたことをきっかけにゲストハウスが次々とオープンし、「バックパッカーの聖地」と呼ばれるようになった。

 

 私が訪れた2004年にはゲストハウス、クラブ、ネットカフェ、旅行代理店、服屋などバックパッカー向けの施設が充実し、アジアを旅するバックパッカーの拠点となっていた。なお、当時はデジカメすら持っておらず、使い捨てカメラ1つでタイに行ったので写真を撮れなかったのが悔やまれる……。90年代後半~2000年代初頭のカオサンの雰囲気を知りたい人は、かの有名なレオナルド・ディカプリオがダメ人間を熱演した『ザ・ビーチ』を見てください。

 

 カオサンから始まったタイ旅行は楽しかった。当時、ネットの情報がそこまで普及していない時代。「地球の歩き方」片手にパッポンのゴーゴーバーに行ったり、掘っ建て小屋のようなゴーゴーボーイでイケメンボーイのパンツにチップを挟んだりと豪遊しまくった。途中で台風が来てフルムーンパーティーが開催されるパンガン島への船が出ず、サムイ島の船着乗り場でゴネたりもした。初めてのタイで色々な飲み屋街を1人で歩いた経験が、横丁探訪のベースとなっているのかもしれない。

 

 だがその後、カオサンへの足は遠のいていった。前は路上で瓶ビールを飲んでいても、誰かに話しかけられることがない空気感が好きだった。元々、日本人は多かったがあくまでもバックパッカー。夜な夜なゴーゴーバーには行くものの、所詮同じような男同士でツルんでいる印象。しかし、カオサンはいつの間にかミーハーな日本人グループと不良外国人の観光地と化していった。1人になりたいからタイに来ているのに、大学生とオタサーの姫みたいな男女グループに「よかったら、一緒に飲みませんか?」と哀れみの言葉を掛けられるのは流石に解せぬ……。こうして、2009年を最後にカオサンに泊まることはなくなった。

カオサンで最後に泊まったホテル(2009年)

 前置きがすっかり長くなってしまったが、私の中のカオサンは2000年代で止まっている。ちなみに、カオサンは2020年に大規模な改修工事が行われた。かつて、バイタクに轢かれそうになりながら歩いていた車道は歩道との境目にステンレス製のポールが立てられて安全に。屋台はかろうじて残っているものの、イオンのフードコートのように小綺麗になった。改修工事の目的は、カオサンを『より清潔で安全に国際的なウォーキングストリートにすること』というが、かつてのタイの姿がなくなるのはやはり寂しい。カオサンに泊まらなくなって10年以上。和歌山のカオサンは、果たして私の記憶の中の姿なのだろうか? 真相を確かめるためにJR和歌山駅に降り立った。