文・写真/下川裕治

 

■自ら感染を防ぐ努力を惜しまず、再び海外旅へ

 前号まで連載したタイへの旅では、バンコク成田空港近くのホテルで強制隔離を経験した。

 その旅を公表することにした。それはひとつの決断でもあった。

 タイのバンコクに仕事があったとはいえ、タイは日本が決める感染症危険情報ではレベル2だった。「不要不急の渡航は止めてください」というレベルだった。レベル3になると渡航中止勧告になるが、レベル2でも旅行会社はパッケージツアーを組むことはできない。

 当時、世界の感染症危険情報をみると、多くの国がレベル3だった。タイはレベル2だから、新型コロナウイルスの感染はかなり抑えられていた。そのときの日本よりはるかに感染者は少なかったが、レベルは2だった。

 日本人のなかには、レベル3のハワイトルコなどを訪ねる人もいるにはいた。しかしそれは個人の領域だった。僕も個人だが、一応、旅行作家という肩書をもらっていた。そういう人間が公表するということは意味が違った。

 タイの旅を公開した後の反応に注意していた。1年前のように非難が集まり、俗に炎上といわれることになる可能性もあった。

 しかしネットの世界は穏やかだった。ツイッターも落ち着いていた。

 反応はむしろ逆だった。

「下川さんが書いてくれてよかったと思います。楽になりました」

「ルールに則って、感染しないように注意を払って旅をする。これからは大切なことだと思います」

 だいぶ前になるが、『香田証生さんはなぜ殺されたのか』(新潮社)を書いたときを思い出していた。香田さんは単身、イラクに入り殺されたのだが、日本では彼の行動に非難が集まっていた。自己責任論が盛んに語られた。そのなかで、彼の行動を旅行者という視点で書いた。そのときも、

「下川さんが書いてくれてよかった」

 というコメントをかなりもらった。

 タイの旅を書いた後、日本人の肌感覚が少しわかった気がした。