空はどこまでも青く高く、さらっとした空気が心地いい季節になってきた。イタリアのカレンダーにはこの時期に長い連休はないのだが、気持ちのいいこの陽気を人々が放っておくはずもなく、週末を利用して郊外へ出かけたり、近場の自然公園でピクニックやハイキングを楽しんだりするのが常だ。イタリア語で「Gita(ジータ)」というと小旅行やドライブを意味するが、このジータが最も盛んになるのが5月と10月。たった1日、いや、半日だけでも街の喧騒から遠ざかって自然の中に身を置くことは大きな気分転換になるため、休暇が少ないこの時期こそジータに出かける人が多いのかもしれない。
 ローマから電車でたった40分、バスでも1時間弱でアクセスできるティヴォリは、観光客だけでなくローマ人にも人気のジータ・スポットだ。古代ローマ時代から多くの貴族が好んでヴィッラ(別荘)を建てたティヴォリに残る代表的な3つのヴィッラをご紹介しよう。

 

風呂マニアだった? ハドリアヌス帝の憩いの別荘

 穏やかな気候と豊かな自然に恵まれた丘陵地帯にあるティヴォリは、古代ローマ時代から皇帝や貴族が好んで別荘を建てた場所。中でも、賢帝として名高いハドリアヌス帝の別荘「ヴィッラ・アドリアーナ」は、ユネスコ世界遺産にも登録されているヴィッラ(別荘)である。チケット売り場でもらったマップを手に、早速皇帝の別荘探検に向かった。

 遺跡の敷地内に入るや否や、その広さに驚いた。どこから見ればいいのか見当もつかない。ビジターセンターらしき建物の中に遺跡の復元模型があったので、それをじっくり見てからルートを決めようと思ったが、総面積はなんと120ヘクタールもあるという。現在見学できる遺跡の面積はそのうちの40ヘクタールらしいが、それでも回りきれるかどうか心配になってきた。ともかく、メインストリートを歩いて行けば主な見所は回れるようなので、矢印に従って歩いて行くことにした。

 




皇帝の住居に通じる主要道路は、2000年の大聖年のための再発掘調査により明らかになった(上)。小高い丘の上に建てられたヴィーナスの神殿の遺跡(下)。敷地内には、古代ローマ、ギリシャ、エジプトなど、様々な建築様式の建物が残っている。

 古代ローマのテルメ設計士を主人公としたヤマザキマリさんの大ヒット漫画にも登場するハドリアヌス帝は、本当に風呂マニアだったのかもしれないな。ヴィッラ・アドリアーナを歩いていると、そんなことを思わざるを得ないほど、趣向を凝らしたテルメの遺跡に出会える。高い円型ドームで囲われた浴場跡には大理石の柱が何本も立ち、床は石のモザイクで装飾されている。なんと床暖房の設備まであったという大浴場は、皇帝に仕えたスタッフのためのものだとか。その隣にある当時は豪華に装飾されていた小浴場は、皇帝とその家族、そして別荘に滞在したゲストのためのもの。贅沢かつ健康的な別荘での暮らしぶりが想像でき、しばらく温泉に行っていない私は羨ましさにため息が出た。

 

 このテルメ跡を過ぎると、いよいよメイン・ポイントの「Canopo(=カノプス)」が見えてくる。ハドリアヌス帝が自身の遠征の記憶を元にエジプトのアレクサンドリアとカノプスを結ぶ運河を再現させたというこの池は、噴水や神殿、そして池の周囲に立ち並ぶ多数の彫刻により、独特のリラックス空間を作り出している。最奥に残る半円形のドームは洞窟を再現しており、もともと内部はカラフルな装飾が施されていた。皇帝は夏になるとここにテーブルをしつらえて食事を楽しんだそうだ。

 このカノプスぐらいしか知らなかった私は、別荘見学も半日程度で済むとタカをくくっていたのだが、見学できるエリアだけでもとにかく広大な面積があり、別荘探訪というより街歩きと同じくらいの体力を使った。歩けば歩くほど、細部まで皇帝がこだわり抜いた”ユートピア”の全貌が見えてきて、だんだんとその世界観に惹きこまれていく。ここでは時間をたっぷり取って、古代ローマの夢の世界にどっぷり浸ってみることをお勧めする。

 






ヴィッラ・アドリアーナの象徴とも言えるカノプスと彫刻群(上)。エジプトのアレキサンドリアと古代都市カノプスを結ぶ運河を細長い池に再現した(中)。カノプスの最奥にある洞窟「Serapeo(セラペオ)」(下)。ヴィッラ・アドリアーナは118〜138年にかけて建設された遺跡で総面積は120ヘクタールにも及ぶ。現在はその一部40ヘクタールのエリアが公開されている。