イタリアで街歩きをしていると、『カフェ・ストーリコ(=ヒストリカル・カフェ)』あるいは『ロカーレ・ストーリコ』と呼ばれるバールやカフェテリアを見かける。これは「歴史的に重要な足跡を残した店」という意味があり、特にトリノとトリエステは旧市街中にヒストリカル・カフェが点在している事で有名だ。長い歴史を持つこれらの店には、後に歴史に名を残す事になる若かりし頃の芸術家や政治家など、あらゆる分野の著名人が朝な夕なに足繁く通っていた。
秋深きこの季節、偉大な芸術家達の面影を求めて国境の街トリエステへ向かった。ジェイムズ・ジョイスやウンベルト・サーバが愛したこの街で、文豪達のスピリットに触れたい。それだけじゃなく、美味しいカフェとドルチェもいっぱい味わいたい。聖俗入り混じった欲望を胸に秘め、二日間でできるだけ多くのヒストリカル・カフェを訪ねてみたいと思う。

 

イタリア併合主義運動が興った歴史的なカフェ

 ホテルに荷物を置いて、早速街歩きに出た。ジェイムズ・ジョイスの銅像があるカナル・グランデの橋を抜け、中心街を目指す。1919年にイタリア王国に併合されるまでオーストリアの保護下にあったこの街は、オーストリア文化の影響が色濃く残っている。街並みや建築物、壁の色、カフェやお菓子もオーストリア風で、道ゆく人々もゆったりと穏やかに見える。華麗な建築物に囲まれたイタリア統一広場に立つと、目の前にはかつてアドリア海で最も重要と言われたトリエステの港が見えた。潮風をたっぷり吸い込んで深呼吸を一つ。さて、準備ができたところで最初のポイント『カフェ・トンマセオ/ Caffè Tommaseo』へ。ニコロ・トンマセオ広場の一角にあるカフェテリアの壁の大理石プレートには、『1848年、ここカフェ・トンマセオでイタリアの自由のための情熱の炎が灯った』という趣旨の一文が残っている。1830年に創業したカフェ・トンマセオは、オーストリアの支配下にあったアルト・アディジェとヴェネツィア・フリウリ・ジュリアを祖国イタリアに併合しようという「イッレデンタ併合主義運動(1866年〜)」が興った場所。以後、歴史・芸術的活動の中心地として、ジョイスやサーバ、ズヴェーヴォといった作家達も足繁く通ったと言われている。真紅と柔らかなクリーム色で統一された店内には、古い歴史を感じさせるレジスターが残っている。ジェイムズ・ジョイスもここでお釣りをもらったんだ。そう思うだけで心が震える。

 







1866年以後イタリア全土に広がった政治運動「イッレデンタ併合主義」が1848年にここで興った事を記したプレート(上)。文化の香りが漂うシックでエレガントな店内(中上)。ジョイスもここでお支払いした?創業当時のレジスター(中下)。冷たいカフェ・シャケラートを注文したら自家製クッキーも付いてきた(下)。