文と写真/室橋裕和
国を越えれば通貨も変わる。だから越境後の最初の仕事が「両替」なのだが、電子マネーの普及によってそれも変わりつつある。
■陸路国境越えの両替問題
国境までやってきて、現金の持ち合わせがほとんどないことに気がついた。
「ビザ、どうしよう……」
ここベトナム・モクバイから、目の前のカンボジア・バベットに向かうには、カンボジアのビザを取らなければならない。国境ポイントによってまちまちだが、30~35ドルもしくは相当額の現地通貨での支払い、といちおうは規定されている。
国境にたむろすバイクタクシーたちに聞いてATMを発見したが、使えるのはベトナムで発行されたカードのみだった。周囲に銀行はない。
手持ちのお金を数えてみる。ベトナム・ドンは10ドル分もない。あとはタイ・バーツと、カンボジア・リエルがわずかばかり。ぼろぼろの米5ドル紙幣が1枚。日本円もあるが、さすがにこんな僻地では使えまい。
やばいかなあ、と思ったが、ないものはない。とりあえずベトナムを出国してしまおう。

「日本人かい、よく来たね」
と、笑顔だったカンボジアビザ発給所の役人の顔が、みるみる曇っていく。ビザ申請用紙に添えたのは、くしゃくしゃになったドンとリエルの紙幣の束だ。
「キミ、ビザ代は米ドル払いだよ」
「ドルならこれで……」
変色してよれよれの、福笑いのごときエイブラハム・リンカーン。
「ぜんぜん足りない」
「あとはこれでどうですかね」
バーツ紙幣と、コインをじゃらじゃらと窓口に押し付ける。日本だったら確実に突っぱねられるだろう。
だがしかし、なんと慈悲深い役人か、僕のことを蔑んだ目で見ながらも、律儀に4か国の通貨を数えて電卓を持ち出し、なにやら計算を終えると、ビザをきっちり発給してくれたのであった。正規料金35ドルには、恐らくいくらか足りなかったはずだ。
無事にカンボジアに入国はしたが、これでカード以外の現地通貨がすっからかんだ。どうすっぺかなあ……悩みながらイミグレーションを出たところで、青いジャンパーを着たおばちゃんと目が合う。その手には強盗犯のように札束が握られている。最近はすっかり珍しくなった、闇両替だ。
