文と写真/室橋裕和

 

インド東北部シッキム州。ここは周囲を4つの国に囲まれた場所だ。そしてかつては、ひとつの独立した国家でもあった。ヒマラヤの絶景の中、チベット国境を目指す。

 

5か国がせめぎ合う世界的にも珍しい場所

 インド国産車アンバサダー・タクシーの中で僕は喘いでいた。黄色と黒のツートンカラーはレトロでかわいいが、エアコンがない。汗が噴き出てくる。窓は老朽化していて閉まらず、煤煙が渦巻く。そしてひどい渋滞だ。PM2.5に満ちたコルカタの毒煙でたっぷりと肺を汚染させながら、タクシーは市内をのろのろと蛇行する。

 その間ひっきりなしに運転手は、自らの低賃金を呪い、日本人は金持ちだと天を仰ぎ、女か大麻を斡旋しようと営業トークを繰り返す。

 気候も人も、すべてが暑苦しい。インドに来たんだなあ、という実感がわいてくる。

 シアルダー鉄道駅に着く。バクシーシ(喜捨、チップ)を要求する運転手の声を無視して、小便臭い駅構内に入る。インド各地に向かう人の波でひどい混雑だ。列車を待っているのか単なるホームレスなのか、寝転がる人の群れが床を埋める。物売りも行き交う。列車の発着を知らせる電光掲示板は、ところどころ電飾が壊れていて判別ができない。

 案内所を探し出してチケットを見せ、指定されたホームに行ってみるが、列車の姿はない。インド国鉄の制服を着た男に聞けば、3時間ほど遅れるという。がっくりと力が抜け、僕はホームに座り込んだ。

 

「一杯飲むかね」

 傍らにチャイ売りが立っていた。

 

シアルダー駅はまるでパチンコ屋のようだった

 移動ひとつとっても、ぐったり疲れるのがインドの旅だ。ともかく僕はコルカタを列車で出発すると北上し、ニュージャルパイグリというなにやら卑猥な名前の駅に到着した。

 駅頭に立ち、物乞いの汚いガキどもにズボンやカバンを引っ張られながら、僕はスマホを取り出した。グーグルマップを見てみる。

「おおお~」

 思わず声が漏れる。浮浪児たちは何事かと背伸びをして画面をのぞきこむ。我が位置を示す基点こそインド領内にあるが、拡大していけば南に10キロ足らずでバングラデシュ国境だ。西は20キロちょいでネパール国境に至る。そして東に50キロほど進めばブータン国境。加えて北には、中国領チベットとの国境が迫る。スマホを指し示しながら浮浪児相手に熱弁をカマす。

 「いいか小僧ども、ここでは5か国がせめぎ合ってんだよ。世界的にも珍しい場所なんだぜ。おじさんの喜びが、エクスタシーがわかるか? バスターミナルはどこだ」

 

 昂ぶりを抑えつつ、怯えた表情の少年たちが指し示す方向に行ってみれば、停まっているバンやミニバスは、ブータン国境プンツォリン行き、ネパール国境カカルビッタ行き、バングラデシュ国境バングラバンダ行き……しぶい。ここは立派な国際ターミナルなのだ。

 このあたりはまた、人種の境界ともなっている。

 ブータン、ネパール、チベットあたりが、我らがアジア人の、モンゴロイドの住まう西端なのである。先ほどの物乞い少年たちもアジアの顔立ちをしていたし、街をゆく人々も親近感のある扁平ヅラだ。しかしここから向こう、インド亜大陸から西は、コーカソイドを主とした違う人種の世界。

 それゆえの難しさをはらんだ地域でもある。

 モンゴロイドが主流民族となっているインド東北部では、独立運動や反政府ゲリラの活動がくすぶり続けている。いま僕のいる地も、ストライキや暴動が起きることがある。

 それでも、カレーを出すインド系の屋台と、チベット風のうどんを茹でる食堂が並ぶおもしろさがある。サリー姿のインド人の少女と、ジーンズ姿のモンゴロイド系の少女が連れ立って歩いていたりもする。共通言語はヒンドゥー語よりもむしろ英語だ。対立しつつ助け合いつつ、そして交易しつつ、さまざまな人種がこの回廊のようなエリアで暮らしている。世界からずいぶんと離れた島国よりも、この地域のほうがよほど「国際社会」なのだと思った。

 

多種多様な人種が暮らすインド東北部

ダージリンの街で出会った子供たちはどんな民族にルーツを持つのか