独立王国だったシッキム、そしてインドの最果てへ

 どの国境にもソソられたのだが、僕はあえてインド領内を北上した。ニュージャルパイグリから紅茶で知られたダージリンを経由し、シッキム州に向かうのだ。

 インドからぽこりと北側に飛び出したシッキム州は、1975年まで独立した王国だった。これをインドが併合した。

 ダージリンから乗り合いジープに乗って、つづら折りの山中を行く。道は悪い。東部ヒマラヤの懐に食い込んでいくように標高を上げていく。

 やがて、ランポという小さな集落が見えてくる。そして、チベット様式のゲートの姿。ここはかつての「国境」なのだ。およそ40年前はインドとシッキムを分かつ国境だったはずが、いまでは西ベンガル州とシッキム州の「州境」へと変化をした。

 ここからシッキムに入る者はいったん車を降り、イミグレーションさながらにパスポートチェックを受ける必要がある。その代わりに、シッキム州の超レアハンコがパスポートにいただけるのだ。朱肉のノリが悪くいまいち色合いが薄いのがやや残念だが、それでもうれしい。

 

かつてのインド=シッキム国境もいまは州境だ

 シッキム州都、かつての首都ガントクは、ずいぶんとシャレオツで、豊かな街だった。パステルカラーのビルが山腹に立ち並び、ショッピングモールを観光客がそぞろ歩く。標高1500メートルのため下界のような暑さや不潔もなく快適だ。住民のチベット系やネパール系の人々はあっさりとした和やかな応対で、前のめりにガブリ寄ってくるかのようなインド人とはだいぶ違う。

 アルコールにも寛容で、街のあちこちに居酒屋があるので、つい入り浸ってしまった。地ビールや地ワインまで生産されている。インド人にも酒好きは多いが、これだけ大っぴらに飲酒文化が根づいているのはシッキムとゴアくらいではないだろうか。

 

 毎晩チベット風の水餃子モモをつまみに、昼から飲んだくれる生活を送っていたある日、旅行会社の軒先に興味深い案内を見つけた。ガントクのさらに北、チベット国境に近い山岳地帯への旅をアレンジしてくれるというのだ。

 「特別なパーミットを取らないと入域できない国境地帯だ。個人では発給されないんだが、俺たちのような業者を通せば下りるんだぜ……」

 旅行会社の男はサギ師のような笑顔を見せると、およそ2万円の旅費を提示してきた。インドにしてはえらい高額だが、クルマのチャーター代、ガソリン代、運転手つきと考えれば安いのだろう。

 

観光地としても人気になっているガントクの街

 シッキム深奥への旅は、払った額以上に価値のあるものだった。世界第3位の高峰カンチェンジュンガを仰ぎ、標高4000メートルを超える峠をいくつも通過する。森林限界以上の高度のため、木々のない荒涼とした世界をジープは走り続けた。

 そんな場所でもささやかな村があったり、ゴンパ(チベットの僧院)が立っていたりする。標高が高く宇宙に近いからか、青を通り越してもはや黒味を帯びた空にはためくのは、タルチョ(チベットの経文を描いた五色の祈祷旗)だ。