文と写真/室橋裕和
中国とミャンマーの間には、外国人が通行できる国境はひとつもない。しかし、中国人とミャンマー人だけが通行できる国境はいくつも開いている。そんな国境のひとつを訊ねてみたが、出迎えてくれたのは厳しい人民解放軍だった。
■外国人越境不可の小さな国境地点
マニア以外はあんまり興味はないと思うのだが、この連載でもたびたび触れてきたとおり、国境にはふたつの種類がある。その国境を接する両国の国民だけが通行できる場所。そしてそれ以外の第3国人でも(ビザなどの渡航許可があれば)通行できる国際国境だ。
いま僕が滞在している中国では、この国際国境のことを「一級口岸」というらしい。で、いくつもの国と長大な国境線を接していながら、中国には一級口岸の数がほかの国に比べると相対的に少ない。
僕のメインフィールドであるインドシナ半島諸国でいうと、ベトナムとの間にふたつ、ラオスとの間にひとつ。それだけだ。ミャンマーにもひとつ開いたというネタが斯界では流れているが、未確認だ。前回挑んだ打洛も一級口岸ではあるが、ミャンマー側の政情不安によって通行できないといわれる。
おおざっぱな適当国家に見えて、中国の管理はきつい。とくに外国人の出入りは年々緩和されてきているとはいえ、厳格だ。一級口岸をあちこちにつくるわけにはいかないのだ。
それを知ってはいたのだが、外国人越境不可の小さな国境地点に行ってしまったのが、まずかった。

乗客がタバコをガンガン吸いまくり、その吸殻を木製の床に投げつけるバスであった。最近の中国ではどこに行ってもバスがターミナルを出発する前に係員が乗り込んできて「安全帯(シートベルト)をつけろ。タバコは吸うな」といかつい顔でチェックしてくるものだが、ミャンマー国境のド僻地では、昔ながらの中国がしっかり残っていた。
しかし車窓に広がるのは、タイなんである。穏やかな顔つきをした巻きスカートのおばちゃん。タイ本国とはやや様式が違う、青い屋根が特徴的な高床式住宅。そしてあちこちで見かける黄金の仏塔と、タイ寺院。
シーサンパンナ・タイ族自治州といわれるだけあって、州都の景洪こそ漢民族の世界だが、郊外ではタイ族をはじめとする少数民族が多数派を占める。国境を越えた向こう側のミャンマーに暮らしているのも、タイ語族のひとつであるシャン族だ。このあたりの北ラオスも含めた一帯は「タイ族の故郷」ともいわれている。
ちなみにシーサンパンナとは「1万2000の田のある地」という意味のタイ語だ。いくつかの国のゆるやかな集合体だったシーサンパンナは、いまではいくつもの国境によってばらばらになってしまっている。