文と写真/室橋裕和
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タイとラオスの間にはメコン河を越える5つの国境があるが、うち4つは橋を渡るもの。だがこの場所はボートによる越境ができる、最後のポイントなのである。僕はラオスから、美しきメコンに漕ぎ出した。
ラオスからタイの新設県ブンカンへ
日本には47の都道府県があるが、タイには77のジャンワットがある。日本語では「県」と訳されている行政区分だ。首都バンコクもジャンワットのひとつとして数えることが多い。
で、このうち最後に設立された県が、東北部ブンカンだ。メコン河を挟んでタイと長大な国境を接するノンカイ県から、分離・独立したのである。
ノンカイ県はあまりにも東西に長いため、とくに東サイドに住む住民たちは県庁所在地まで距離が遠く、不便だった。また、メコン河を使った麻薬密輸を防ぐために、警備の増強が求められていた。地域の行政力のアップを図るため、ノンカイ県の東部がブンカン県として分離したわけだ。2011年のことである。
僕は国境マニアであると同時に、タイ77県の制覇を目論む者でもある。すでに64県を支配下に置き(この場合、キッチリと宿泊をし、取材・見物を満喫して、はじめて僕の中で「1県」とカウントされる)、天下統一まであとひと息という段階。当然、新設県ブンカンは避けては通れまい。そしてここには、国際国境もあるのだ。

ラオス首都ビエンチャンを出発して3時間。僕が投げ出されたのは、原っぱのようなバスターミナルであった。ほかに降りた乗客はいない。トゥクトゥクもバイクタクシーもおらず、眠ったようなローカル市場があるばかり。サカナのブツ切りを並べている店では、オバハンがゴザを広げて寝転んでいた。軽トラがのんきに通り過ぎてゆく。
ここパクサンはいちおう、ボリカムサイ県の県庁所在地なのである。メコン河を渡って対岸のタイ・ブンカンに航路が開かれている、インターナショナル・シティーのはずである。しかし足元ではニワトリが地面をつつき、裸足の子供たちが駆けずりまわり、空はどこまでも高い。きわめつけのイナカであったのだ。
風情は良いのだが、いったいイミグレーションはどこなのであろうか。
市場をうろついてみる。目につくのはラオス風のソーセージ、サイウアをあちこちで干している光景だ。レモングラスやコブミカンの葉などハーブが練りこまれていて、にじむ肉汁の中に酸っぱさと香ばしさが同居する。ちょうどいい按配だというおじさんからひとつ買いつつ、
「チャイデーン(国境)どこですかね」
と聞いてみれば、外国人を珍しがりながらも親切に道順を教えてくれた。

