文と写真・室橋裕和

 

10年間のリミットを迎えて、更新しなくてはならなくなった旅の道連れパスポート。ページを埋め尽くすビザや出入国のスタンプには、ひとつひとつマニアならではのこだわりと思い出とが詰まっているのである。

 

■パスポートを見ながら旅を思い出す

 とうとうパスポートの寿命が尽きてしまった。この10月で、10年間の期限が切れてしまうのだ。「もう数か月、残っているではないか」という者はシロウトである。僕のメインフィールドである東南アジアをはじめ、多くの国では入国の際に「パスポートの残存有効期間が6か月以上あること」を条件としている。僕のパスポートはもう、公的な渡航書としての効力を、すでにほとんど失ってしまっているのだ。

 加えて物理的な限界も近かった。10年の間に訪れたさまざまな国のビザや出入国スタンプによって、増補分も含めたほぼすべてのページ(いわゆる査証欄)が埋まっていた。

 

 増補というのは、パスポートのページが足りなくなってきた場合、これを増やす手続きのこと。海外出張のやたらに多いビジネスマン、海外在住で日本や周辺国とひんぱんに行き来している人、そして僕のような国境マニアなど、特殊な人間だけがこの儀式を選ぶ。

 本体は50ページだが、後ろのほうにしっかりと縫いつけられた増補分は40ページだ。これで心おきなく出入国ができるが、増補は1冊のパスポートにつき1度だけ許可された、いわば最後の手段といえる。

 

全90ページのパスポートはビザのシールなどでふくれあがり、厚さ1センチ超、iPhone5Sの倍近い

しっかりと糸で編みこまれたパスポート増補ページの最初にはこんな文言が。以下はS(supplement)-1、S-2……S-40までページが続く

 日本で増補するなら各都道府県のパスポートセンターで手続きするが、海外では各国にある大使館・領事館となる。僕が増補をしたのはバンコクの日本大使館だった。当時、僕はバンコクで日本語の情報誌をつくる編集者をしていた。タイには働いている人や出張者、旅行者など、10万人前後の日本人が常に滞在しているといわれる。だから日本語の媒体も成り立ってしまうのである。

 その取材で周辺国に出かける機会が多く、しぜんとハンコは増えていった。ことによく出かけたカンボジアは、国境や空港でビザを取得してから入国することになるのだが、これがパスポートを1ページまるまる使うのだ。加えて出入国スタンプもある。その鮮やかなグリーンのビザは、はじめてゲットしたときは嬉しかったものだが、こうもパスポートのなかに増えてくると、うっとうしくなってくる。ページの消費も激しい。お前ばかりでしゃばるんじゃない、ほかの愛らしいハンコやビザが埋もれてしまうではないか……。

 タイ就労用のノンイミグラント・ビザも、やはりほぼ1ページのデカさであった。ビザ更新ともなると、これに労働許可証を持っているという証明のハンコも押される。また、ノンイミグラント・ビザを所有しつつタイ国外に出て、また入ってくるために、リエントリー・パーミットというのも必要で、これまた半ページ。これではどんどんページが埋まってしまう……なんて思いながらも、カラフルなモザイクのごとく彩られたパスポートはマニアの勲章、誇りでもある。僕はたびたびパスポートをめくりながら酒を飲み、そのハンコひとつひとつを愛で、国境の思い出をたどることを趣味としている。

 

カンボジアのビザは数えてみたら13あった。意外に少なかったな、とちょっと悔しい気分になる

左がタイのノンイミグラント・ビザ。右上はパスポートを切り替えたときにビザも移行したという証明で、右下がリエントリー・パーミット