そうして今夜もパスポート酒を楽しんでいると、やはりハンコにもお国柄が出ていると実感する。

 日本の出入国管理官諸氏は、おしなべて律儀である。窓口にはいかにも冷然かつ神経質そうな顔が並んでいるが、そのぶん的確に押印してくれる。数多のハンコで埋まった我がパスポートにひるむことなく素早く繰っていき、わずかな空きスペースを見つけて、割り込むように押してくれるのだ。ページの有効活用ができるというものである。ハンコの主要素である、出入国地点、日付などがしっかりと確認できるだけの朱肉の密度・押印の圧力など見事なもので、法務省は彼らにハンコ研修でもしているのではないかと感じ入る。

 同じように気持ちの良いキッチリ感があるのは、ベトナムラオスであろうか。誇り高き社会主義国の主張か、真紅の出入国スタンプが鮮やかな両国は、パスポートの余白をうまく利用し、規則正しい押し方をしてくれるのだ。両国を行き来して旅をすれば、長方形のスタンプが交互に上から順番に押されていき、旅を終えるころには1ページを埋める美しいシンメトリーが完成する。

 いつだったか、ラオスに抜けるべくベトナムのラオバオ国境に立ち寄ったときのことだ。ベトナムのイミグレ職員は、僕の提出した出国カードには目もくれず、職人の顔つきでスタンプを丹念に確認しているのであった。慎重に朱肉に押しつける。そしてパスポートの狙い済ました場所へ、的確に打ち込むのだ。仕上げに日付ハンコの目盛りをキリキリと合わせ、出国スタンプの上に優しく添える。匠であった。できるな……。

 感心したが、驚いたのはその後だった。係官氏は傍らからティッシュを抜き取ると、スタンプを押したページにそっと挟み、手渡してくれたのだ。こうすればスタンプの対抗ページが汚れない。なんという気配りであろうか。感激して握手を求めようとしたが、係官氏はニコリともせず次のパスポートに取りかかっているのであった。

 対してスタンプ愛に欠けるのはインドであろう。まっさらなページのど真ん中に平気で押すやつ。唐突感があり、美しくないではないか。ほかの国のスタンプで埋まっているページに、重ねて押すやつ。鑑賞するときに見づらいし、粗雑で荒れた印象があり、やはり美しくない。他国のハンコが犯されたような気すらする。

 コルカタの空港でアライバルビザを取ったときは、なんとビザのハンコを上下さかさまに押されて、思わず激怒したことがある。「ノープロブレム、旅行に支障はない」と係官は興味なさげにパスポートを投げ返してきたが、マニアとしては非常にプロブレムなのである。

 

タイ(右)とラオス(左)のコラボレーション。出入国スタンプには国境地点が明記されており、マニア心をくすぐる。これ欲しさにレアな国境を目指してしまう

あわれ逆さに押されたインドビザ。しかも一部かすんでおり、反対に入国スタンプはにじんでいる。さらに栄えある増補ページのトップだったから、僕は激怒した

中央がシンガポールだが、こういうのは非常に許しがたい。家の中に土足で踏み込まれたような屈辱を感じる

■見れば見るほど、ハンコたちは個性的で楽しい。

 ほとんどが英語表記であるのに対して、日本や中国台湾は漢字があしらわれていて目を引く。とりわけ中国は、堂々たる毛筆調で「中国辺防検査」と刻印されており、国の威信を感じさせる。そういえば中国では筆談をする機会が多いが、誰もが美しい漢字を書いたと思い出す。

 ブルネイのものは翼や三日月、人の手などで構成された国章があしらわれていて、なかなかいかしている。そのブルネイにはマレーシアのサバ州から入ったのだが、マレーシア入国とは別にサバ州入域ハンコというややレアものも押されており、軽く優越感を覚える。

 ミャンマーのビザはすべてタイで取っているが、2013年はシールだったものが2014年にはハンコに変わっており、なにがあったのだろうと夢想する。インドネシアのアライバルビザのシールは、いまとなってはお宝かもしれない。日本人は2015年からビザ不要になったからだ。

 10年間の旅の軌跡と時代の移り変わりが刻まれた我がパスポートをいたわり、僕は心から、おつかれさま、と声をかけた。

 寂しい気もするが、更新にあたって嬉しいのは、二日酔いで腫れぼったい顔と寝癖のある頭でいかにも不審者な顔写真のぺージを、新しくできるということだ。