■時代に取り残されたような、素朴な村

「タラートまで来たら、電話をくれるといいよ」

 それがM氏からのメールだった。ラオスのシムカードを入れたスマホを見ると、どうやら電波は来ているようだ。M氏のケータイを呼びだすと、すぐに懐かしい日本語が聞こえてくる。なにやら周囲にいるおおぜいの人々と話し合っている様子だ。
(いまバーン・サイにいるんだ。そこまで来ればわかるから)
 と彼はタラートの近郊の集落の名を教えてくれたが、トゥクトゥクがいないのだ。もちろんタクシーも、バイクタクシーの姿もない。「そのうち来るよ」とは、さきほどバンの運転手。彼がそう言い残してビエンチャンに復路、走り去ってしまうと、ほとんどひと気はなくなった。これがラオスの田舎のペースである。

 バスターミナル兼、村の広場近くに食堂があったのは幸運だった。ハーブのたっぷり添えられた米スープを食べ、いねむりをしていると、プップップ。軽いクラクションの音に目を覚ます。

「あんただろ、バーン・サイに行きたいって日本人は」

 さすがに小さな村だ。僕の存在と行動は筒抜けのようで、どちらかというと耕運機が似合いそうなおっちゃんがトゥクトゥクの脇に佇んでいた。

「すぐに着くさ」

 そう言われてトゥクトゥクに乗り込む。静まり返ったタラートを出て、河にかけられた橋を渡ると、さらに時を遡ったような気がした。その河に沿ってでこぼこ道が伸び、森の合間に小さな木造家屋が並ぶ。本当に素朴な村だった。どの家も庭先に花壇をしつらえ、赤や黄の原色の花々が咲き乱れていた。村と、河と、森と空。無粋なコンビニも看板も信号もなにもない、風景画のような世界だと思った。子供たちが手を振ってくる。振りかえしてみると、恥ずかしそうな笑顔。心が沸き立ってきた。古き良きアジアが、ここには保存されているんだ。

 そんな村の一角で、トゥクトゥクは静かに停まった。村人総出か、と思うような人だかりだった。といっても20人ほどだろうか。僕の姿を認めた巻きスカートの女の子たちが手招きをしてくる。

 近づくと、そこは高台になっていて、河をよく見下ろせた。護岸も電線もなにもない、自然そのままの河だが、人工物がひとつ。対岸との間に、木の枝と板を組み合わせてつくった、実に味わいのある橋がかかっているのだ。200メートルほどだろうか。静かな川面に影を落としている原始的なその橋の中ほどでは、何人かの人々が動いていた。

 大型のカメラや、反射板がある。音声を拾うマイクがある。河に双胴のボートを浮かべて、そこからカメラや照明を当てている人々もいた。なにやら指示を飛ばす日本語も聞こえてくる。プロデューサーであるM氏の姿もある。

 その輪の中心、橋の真ん中には、ひときわ目を引く男女がいた。主演、井上雄太と、ティダー・シティサイ。

 ようやくたどりついた。日本とラオス史上初の合作映画『ラオス 竜の奇跡』の、ここがロケ現場なのだ。

 

河にかかる木製の橋。ここが重要なシーンとして登場するのだ

伝統的な橋もいまではバイクが走る。生活を支える大事なインフラなのだ

■日ラオのスタッフが力を合わせる撮影現場

 物語の舞台は1960年代だ。現代ラオスを生きている女性ノイが、まだ内戦の続いているラオスにタイムスリップしてしまうのだ。そこで日本人の青年、川井と出会う。彼は、高度経済成長期の日本を飛び出し、ラオスにダム工事のためにやってきた技師である。河を測量中にボートが転覆、ノイと同じようにこの村へと迷い込んでしまう。

 ふたりの闖入者を、しかし村は静かに穏やかに包み込んでいく。価値観や文化の違い、言葉の壁がありつつも、ふたりと村の人々とは、距離を縮めていく。

 その物語の大切なエピソードの中に、この木製の橋は登場する。

 夕暮れ。太陽が川面と村とを黄金色で包み、橋を輝かせ、ノイと川井の横顔を紅く染めていった。僕はやじ馬の村人たちと、固唾を呑んで見守った。そして残照に橋が暗く沈みこんでいくと、森と河とは黒々として存在感を増した。太古のような夜の中、撮影は丹念に続いた。

 この河の源流となっているのは、ナムグム湖である。川井たち日本人技師がつくりあげたダムは巨大な人造湖を生み出した。そこから流れ出る河のほとりに、撮影の中心となるこの村がある。物語は、史実が核になっているのだ。

 そんな時代からおよそ50年。この村のたたずまいはもしかして、当時となにも変わっていないのかもしれない。

 映画ロケ地の探訪、聖地巡礼という意味だけではない。「心のリゾート」とでもいうような安らぎがあるバーン・サイの村。『ラオス 竜の奇跡』を観たなら、ぜひ訪れてみてほしい。

 

橋は村人たちの憩いの場でもある。橋と河の流れとをのんびり見つめる家族連れの姿があった

静かな村にやってきたロケ隊に子供たちは興奮。撮影現場から離れることなく見つめ続けていた

●作品情報
『ラオス 竜の奇跡』
(2017年公開)

日本ラオス国交60周年記念 史上初!合作映画

出演:井上雄太(日本) ティダー・シティサイ(ラオス)
監督:熊沢誓人 脚本:守口悠介・熊沢誓人 音楽:栗コーダーカルテット
@copyright Japan – Laos Creative Partners

DVD情報→https://kakaku.com/item/D0136911401/?cid=eiga_movie
フェイスブック:https://www.facebook.com/saynamlay/

 

越えて国境、迷ってアジア vol.31(番外編)】(2017.6.28)

(後編へつづく)

 

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