文と写真・室橋裕和

 

メコン河を挟んだふたつの街、シーチェンマイとビエンチャン。この20年でかたや急速な成長を遂げたが、かたや昔のままの姿を保ち続けている。ラオスからタイへ、メコン河国境を越えて、両岸の街を訪ねてみた。

 

 

そこはアジアでいちばん静かな首都

 「どう見ても、向こうのほうが明るいよなあ……」

 メコン河を挟んだ対岸は、タイのシーチェンマイという田舎町だ。暗闇の中にところどころネオンが点り、高さはないがビルや家屋を浮かび上がらせている。この夜更けにも、きっといろいろな店が開いていて、人々は買い物をしたり食事をしたり、あるいはメコン河越しにこちらを眺めているのかもしれない。小さい町ではあるけれど、それなりの活気を、対岸からは感じた。

 「それに引きかえ……」

 僕は背後を振り返ってみる。暗黒だった。まだ夜8時なんである。しかし街は暗く静まり返り、屋台ひとつない。ときたまトゥクトゥクがさみしく走り去っていく。まるでゴーストタウンだ。ここは僻地の村ではない。いちおう、一国の首都なのである。

 「アジアでいちばん静かな首都」

 その当時、ラオス・ビエンチャンは、そう呼ばれていた。20年ほど前のことである。

 初めて訪れた当初、
 「ここは本当に首都なんだろうか?」
 本気でそんな疑問を持った。街には舗装路も信号もない。ほとんど車は走っていない。低層の家や商店が並んではいるが人気はなく、シーンとしていた。首都なのだから、例えば外務省とか首相官邸とか、その手の建物のひとつやふたつ……と探してみても、ヤシや火炎樹が優雅に茂る街路には、小さな民家が続くばかり。

 食事をしようにも、小さな食堂や屋台が集まる一角があるだけだった。そこも夜7時を過ぎると店は次々に閉まり、もう食べるところはなくなってしまう。水も買えない。

 あぜんとしてメコン河の河川敷に出てきて、対岸のタイを見やったとき「あっちには人がいっぱいいる……」と目を見張ったのだ。タイの単なる地方都市にすぎないシーチェンマイよりも、ビエンチャンはずっと、小さかった。

 

ビエンチャンでいちばんでっかいランドマーク、パトゥーサイ。公園として整備されたのは近年のこと
ビエンチャンからメコン河とタイ側を望む。乾期なので水量は少なめ

時代は流れ、メコンの両岸は逆転した

 それから20年。

 インドシナ半島で、とくに劇的に変貌した街は、カンボジアのシェムリアップと、ここビエンチャンだろうと思う。

 シェムリアップはアンコールワット観光の拠点の街として、治安の回復とともに栄え、ほとんど原型をとどめないまでに開発された。

 ビエンチャンもラオスの開放政策と経済発展に伴って、どんどん姿を変えていった。いまでは大型のショッピングモールがいくつかできて夜遅くまで賑わうようになった。野良犬しかいなかった土煙の道が、日本車で渋滞するようになったのだから驚く。あの静かだが清廉としていたビエンチャンのいまの問題のひとつは、排気ガスだ。

 ただの野っぱらに過ぎなかったメコン河沿いの河川敷は、整地されて屋台がずらりと並ぶナイトマーケットになった。そこから眺めるシーチェンマイの灯は……メコン河に消え入りそうなくらい、わずかばかりなのだった。

 20年前は、あのささやかなネオンですら、なんだか頼もしく思えたものだ。あの時代からシーチェンマイは、たぶんなにも変わっていない。大きく変わったのは手前のビエンチャンなのだ。ビエンチャンがきらめくネオンに包まれるようになったいま、シーチェンマイがやけに小さく見えるようになってしまったのだ。

 では、向こうからはどう見えるんだろう。ふいに興味がわいてきた。20年間、ビエンチャンから見続けていた街に、行ってみることにした。

 

ビエンチャンにて、メコン河沿いのナイトマーケットを散策していたOLさん