遺跡観光を楽しんでいた日々が暗転

 幼少のみぎり、古代オリエントマニアとして過ごした僕は、念願だったイランを旅していたのだ。ペルセポリスの威容に涙を流し、イスファハンの王の広場は一周およそ1300メートルほどあるのだが、感動のあまり10周くらいした。仕事のまったく絡まない、取材なんていっさいしなくていい、年末年始のプライベート旅行。

 の、はずだった。

 政府の経済政策の失敗によって物価がハネ上がり、ブチ切れた民衆が各地でデモを繰り返し、剣呑なことになっていたのだ。ツイッターのフォロワーから「気をつけたほうがいいですよ^^」と忠告をいただき、またニュースを見て知ってはいたのだが、まさか自分が巻き込まれるとは夢にも思っていなかった。

 イラク国境に近いアフヴァーズの街に滞在しているときのことだ。パンツに穴が開いていることを発見した僕は、バザールで新品を物色していたのだ。あれでもないこれでもないとお気に入りを探していると、大通りからなにやら群集の怒声が響き渡ってきた。行ってみれば、ほんの20人ばかりの若者が気勢を上げていた。取り囲んでいる警官隊のほうが多いくらいだった。

 へええ、これがウワサの反政府デモか。イラン名物の人参ジュースなんぞ片手に、タバコをふかしているおじさんたちと一緒になって、のんきに見物をする。ニュースで見たより牧歌的だな。が、そんなことより明日はエラム紀のジッグラトだ。アケメネス朝の王都スーサだ。さ、いこいこ。

 ホテルに戻って新しいパンツに着替え、ナツメヤシをつまみながら「アレクサンドロス大王記」をうっとり耽読する。どうして僕は世界がまだ謎だらけだった紀元前に生まれなかったのだろうか。僕も王の遠征に書記官としてついていきたかった……妄想を楽しんでいると、ホテルの窓になにやら赤いゆらめきが見えたのだ。なにかスローガンらしきものを叫ぶ群衆、怒号と金切り声、ガラスの割れる音や激しい衝突音、そして炎。

 群集は数百、いや数千人規模に膨れ上がっていた。

 

アフヴァーズのバザールの人々はとってもフレンドリーだったのだが……

大都市を避けて国境地帯へ

 泊まっている宿の並びのバザールが放火され、警官隊が撃ちこんできた催涙ガスを浴びて、命の危険を感じた僕は、即刻アフヴァーズから脱出することにした。

 ネットで調べるとデモは大都市で起きている。いや、報道されていないだけで小さな街でも発生しているのかもしれないが、人口を考えれば大都市のようなでかいデモにはならないはずだ。危険も少なかろう。そしてどうせならマニア的にソソる地域……。

 そんな独り言をブツブツ呟く。若者たちが吠える声が轟く。地図に目を走らせていると、とある地名が気になった。イラク国境コルデスターン州。コルデスターン……これ「クルディスタン」じゃないのか。ググッてみれば確かにそこは「国を持たない、世界最大の民族集団」クルド人の地域。すぐそばに迫るイラクやトルコにまたがり、国境を越えて住んでいるのだ。ここだ。ここがいい。もしかしたらイラク国境まで迫れるかもしれない。

 デモの危険を避けるために、紛争を抱えるクルド人地区に向かうのはどうかとも思ったが、いつ延焼するかわからないこのホテルにいるよりはましだろう。僕は荷物をまとめると混乱する街に飛び出し、デモ隊と反対方向に向かってひたすらに歩き、タクシーをつかまえると「テルミナーレ(バスターミナル)!」と叫んだ。

 

イラン西部の高原地帯はこんな光景ばかりが続く。ハメネイ師のありがたいお言葉も