前が見えないからこそ旅は面白い

 バスはイラク国境の高地砂漠をひたすらに北上していた。車窓に見えるのは岩山、荒地、パイプライン……僕は再び手もとに視線を戻し、原稿と格闘する。デモの様子をSNSに投稿したところ、年末年始だというのに仕事熱心な皆さまから「ただちに書きなさい」とありがたいメッセージをいただき、休暇のはずがデモのルポに取り組んでいるのであった。

 だがやがてパソコンの充電も切れ、日は落ち、一気に寒くなってくる。ケルマンシャーではコルデスターン州の州都サナンダジュに向かう乗り合いタクシーに乗り換えた。

 予定にはない目的地である。

 皆目、見当がつかない。タクシーの乗客たちは、愛想はいいのだが誰ひとり簡単な英語すら通じず、理解しあえたのは「サナンダジュ」という単語だけだった。

 本当に着くのだろうか。着いたとして宿はあるのだろうか。もう11時を回っている。開いている食堂はあるだろうか……。

 おんぼろのセダンの後部座席にヒゲ面マッチョの3人と押し込められ、不安感や焦燥感を覚えながらも、しかし一方で僕は昂揚してもいた。

 くっくっく……これだよこれ。

 月夜に浮かび上がる岩山の連なりを眺めて、痛切にそう思った。笑みがこみ上げる。

 サナンダジュは果たして、どんなところか。ガイドブックに載る街ではない。地図もない。ホテルがどこにあって繁華街がどこなのか、着くターミナルは……なにもかもわからない。そして言葉はさっぱり通じない。スマホで地図と、翻訳アプリを使ってググるだけでもだいぶ違うのだが、バッテリーも通信量もほとんど切れかけており、役には立たない。

 こうして先が見えずに手探りで進んでいくところが、旅の面白さなのだと思う。

 

イラン旅行で印象的なのはやはりバザールだと思う。中世からそのまま残っているものもある

イランのバザールはどの店も「盛り」に凝っていて、実にインスタ映えすると思う

国境を越えず、民族だけが変わる

 翌朝……乗り合いタクシーに教えてもらったホテル(お手々を合わせて寝るジャスチャーを見せたらつれていってくれた)を出て、活動をはじめたサナンダジュの街を一望すると、僕はまた目を疑った。

 イラクではないのか?

 通りを歩く人々がイランとはだいぶ違うのだ。とくにおじさんだ。恰幅の良さ、鋭い目つき、だぶだぶの幅広いズボンは民族衣装だろうか。話している言葉もだいぶ違う。商店の看板を見れば、イランのペルシア文字ではなく、アラビア文字だった。微妙に違うのだ。

 クルドの大地に来たんだ……。イランにいながら、国境を越えたような気分だ。

 まずは歩こうじゃないか。僕はバザールのありそうな方向を目指した。

 

クルド人のおじさんの典型的なファッション。昔の不良が履いていたボンタンのような幅広ズボンが特徴だ

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もはや移民大国。激変を続ける「日本の中の外国」の今を切りとる、異文化ルポ。竹ノ塚リトル・マニラ、ヤシオスタン、大和市いちょう団地、茗荷谷シーク寺院、東京ジャーミィ、西川口中国人コミュニティ、そして新大久保ほか。2017年末で250万人を超えたという海外からの日本移住者。留学生や観光客などの中期滞在者を含めれば、その数は何倍にも