文と写真/室橋裕和

 

東南アジアの中でもとりわけ影の薄い国ブルネイは、ボルネオ島の一角に領土を持っている。で、その国土は大きくふたつに分かたれているのだ。西のメインランドと、東のテンブロン地区。どちらもマレーシア領に食い込むように広がっているが、地続きではない。テンブロン地区は周囲をマレーシアに囲まれた。いわば飛び地だ。
僕はこの飛び地を突っ切り、いくつもの国境を突破する旅に出た。

 

■首都から30分でマレーシア国境

 首都バンダル・スリ・ブガワンを出た国際バスは、進路を西へ取る。道の左右はしょぼくれた低層の住宅街だ。天然ガスで潤うリッチ国なのだから、タワマンが天を突いているかと思いきや、国民はいたって庶民的な暮らしをしているのであった。

 街の規模も小さい。家並みの切れ間からは濃厚な茶色をしたブルネイ河の流れが見える。熱帯のジャングルが街のそばまで迫る。そして郊外に広がるわずかな田畑を通り過ぎると、もうマレーシア国境なのであった。バンダル・スリ・ブガワンから20キロほどだろうか、30分も経たないうちにバスを降ろされ、密林のただ中に輝く白亜のイミグレーションに行くよう運転手に促される。ようし、第1チェックポイントだ。

 

 じっくり見聞したいところではあるのだが、これがなかなか慌しい。ブルネイの出国事務所で手続きをして、すぐにバスに乗り込み、数百メートル走ってマレーシア側に入ると、またバスを降りて今度は入国審査だ。乗客たちは南国らしからぬテキパキさで出入国していき、のんびり写真を撮っていたのは僕くらいである。申し訳なくなってバスに戻ったが、パスポートにはすでにふたつのレアスタンプをいただいている。まさにマニアのボーナスステージだ。

 

ブルネイ河をボートでカッ飛ばすのが観光客の数少ないアクティビティのひとつ。首都のすぐそばにこんな世界が広がる

 

■ブルネイからマレーシア、さらにブルネイへ

 マレーシアに入ると、明らかな変化がひとつ。酒があるのだ。国境を越えてクアラ・ルラーの小さな街に入ったとたん、居並ぶ食堂にはジョッキ片手にだらしなく笑うおじさんたちの姿。まだ早いから営業はしていないのだろうが「Bar」と看板を掲げた店もある。

 同じイスラム教国のブルネイとマレーシア。ブルネイはけっこう厳しい戒律主義で、表向きにはアルコールはいっさい飲めない。しかしマレーシアは世俗主義だ。中華系も多いし、コンビニでもどこでも酒が買える。ブルネイのおじさんたちはそんなマレーシアに、飲みたくなったら国境を越えて出向くようなのだ。

 国境酒場で一杯やりたくはあったが、国際バスは停まってはくれない。西側ブルネイと東側ブルネイに挟まれたマレーシア領の快適な道路を走っていく。天然ゴムの林が広がる。ときおり小さな村が見えたりもするが、車窓はえんえんと濃い緑の世界だ。

 そしてリンバンの街で何人かの乗客が乗り降りしてから、バスは再びブルネイ領に突入していく。テンブロン地区である。マレーシア領は1時間と走っていない。国境の連続じゃないか。わくわくしてくる。テンションが上がる。

 パスポートを手に第2チェックポイントに向かい、マレーシアを出国。バスに戻って、国境線となっているバンダルアン河を越えると、再びのブルネイである。まるでスタンプラリーだ。どんどんとパスポートのページが埋まっていくのがたまらない。

 そしてテンブロン地区に入ると、明らかに緑と、空気との、濃度が増したのだ。

 

リンバンの街で乗り込んできた学生たちは、ブルネイを通り越して向こう側のマレーシアの街コタキナバルまで部活の大会に向かうのだとか。テンブロン地区のマレーシア側国境オフィスにて

こちらはテンブロン地区ブルネイ側の入国事務所。トラディショナルな高床式であった