文と写真/室橋裕和

 

これまで数多の国境を越えるうちに、僕の中ではある種の「美学」が培われていった。越境の際に自らに課した戒律である。それをできるだけ忠実に履行したい。言うなれば国境見学の際の、僕にとっての見どころであり押さえておきたいポイントだ。恥ずかしながら今回は、そんなマニア10か条を開陳しよう。

 

1. 情報はあまり集めない

 これから観る映画のあらすじを知ってしまうと興ざめなように、旅路もやはり未知であるほど面白い。
 僕が事前に調べるのは、基点の街から目的の国境までどう行くか、どのくらいの時間がかかるか、程度だ。ビザの要不要あたりはマニアの一般常識として頭に叩き込まれている。国境から先のことは現地で聞いて回ればそれでどうにかなる。あとはグーグルマップで妄想を楽しみ、出発を待つ。

 以前はこと細かに情報を調べていたのだ。それも旅の楽しさだった。それに、見知らぬ土地に行くことへの不安感もあった。情報はできるだけ集めておきたかった。

 しかし、旅を重ねて、国境越えを繰り返してくると、あまり情報を拾わなくなる。「場慣れ」してきたからだ。そうすると今度は考えが反転する。不安を味わい未知の中を旅することが悦びとなっていった。なるべく知らないところへ、無防備に入っていきたい……ときにはいっさいなにも調べず、情報をあえてシャットアウトして旅に出る。それが楽しい。

 ネットもガイドブックもなかった時代、先輩たちもこうして旅していたはずなのだ。

 

2. 絶対にツアーバスは使わない

 あくまでローカルな交通機関を乗り継いで国境までたどり着く。それが旅人というものなんである。土地の人に紛れ、揉まれ、迷う。ターミナルで右往左往し、本当にこのバスでいいのかと不安を覚える。果たして国境に行けるのだろうかというスリルとサスペンスこそ、旅のスパイスであろう。

 しかしインフラの発達によって、いまでは例えばタイバンコクの安宿街カオサン通りから、アンコールワット直行なんてバスもある。旅行会社が仕立てたもので、乗り込むのは全員が全員、外国人観光客だ。なんと味気ないことか。せっかくインドシナの大地にいるのに、バスの乗客は欧米人と中国人と日本人と韓国人なのである。車掌も英語がよく通じるし、国境までノンストップの直行便、確かに便利だ。国境越えもスタッフの指示に従ってベルトコンベア状態でいい。なにも考えることはない。

 しかし、それでいいのか旅人よ。パックツアーと大差ないではないか。それは僕にとっては旅の本質からかけ離れたスタイルだ。面白みを感じられない。だから僕はできるだけ「外国人専用」の交通機関を避けて旅するようにしている。

 

便利なカオサンだが、その機能に頼りすぎると旅の本質を見失いかねない

3. 国境越えはスマートであるべし

 いざ国境に到着する。この先にいったいどんな国が広がっているのだろう。湧き上がる高揚感。

 そして、パスポートを手にイミグレーションに踊りこむ。こっちの国とあっちの国、双方で行う国際的事務手続きこそ、国境越えのハイライト。

 書類を記入し、ビザあるいは出入国のスタンプをいただき、両替やATMで現地通貨を手に入れ、次なる国のSIMを買い求める。その一連のシークエンスをいかにスムースに滞りなく行うか……最近はどうも、これに快感を覚えてしまっている自分がいる。昔はもっとテキトーだったはずなのだが、年々この症状は悪化している。

 

タイ・チェンコン。アジアはどこもイミグレーションが立派になり、トラブルも少なくなった

4. スタンプを押印する場所は指定する

 本連載#29でも延々と書かせていただいたように、国境マニアは同時に出入国やビザスタンプの蒐集家でもある。パスポートにきっちり美しくスタンプが押されれば幸福な気持ちに包まれるが、係官によっては極めてイイカゲンである。

 真っ白なページのど真ん中に押すやつ。ほかのスタンプと重ねるやつ。朱肉が薄くてせっかくの出入国地点や日付が判別できないこともある。そんなパスポートを見てがっくり肩を落とすことも多かったのだが、最近は押印の場所を指定・指導するようにしている。けっこうリクエスト通りに押してくれるものだ。

 しかし最近は、スタンプを廃止する国がどんどん増えている。ビザ必要国もずいぶんと減った。どの国もイミグレーションで登録された情報をネットワークで共有するようになっているので、わざわざスタンプを押す必要はない。ただパスポートを見せるだけなのだ。さみしいことである。

 自動通過ゲートも少しずつ普及しており、係官と対峙する緊張感も、やがて過去のものとなるのかもしれない。国を越える苦労は少なくなったが、手ごたえのなさもまた感じてしまうのだ。

 

#29で紹介したタイ(右)とラオス(左)のコラボレーション

5. 写真は意地でも撮りまくる

 基本的にイミグレーション内の撮影は万国共通NGだ。しかし、イミグレーションの外観だとか、国境ゲート、周囲の人々の様子や両国の国旗などは問題ないことが多い。「事情の知らないアホな外国人」と思われれば、大目に見てもくれる。そこに乗じて、ヘタなりに写真も趣味である僕は、国境の姿をつぶさに撮影するのだ。越境後、写真を鑑賞しながら一杯飲むのが、またたまらない。

 しかし、ときには撮影をとがめられ、肝を冷やすこともある。#54では、ブルネイのイミグレーション外観を撮っていたところ、警官に厳しく叱られた。#44では、マラッカの港のチケットオフィスそのものが撮影NGで、警備員に鋭く笛を吹かれてしまった。#11では軍に拘束され、せっかくの超マニアック国境だったのにメモリー消去という屈辱も味わった。

 最も通い慣れた空港、バンコク・スワンナプームでも、実は同じ目に遭っている。飛行機を降りると、イミグレーションがいままで見たことのないほど大混雑だったのだ。うんざりしながらも「SNSに投稿してグチ吐いたれ」とスマホを構えたところ、係員がすっ飛んできたのだ。「No Photo!」入国審査のカウンターからは遠く離れていたので問題はないと思ったのだが、制服姿の警備員も現れ、問答無用の別室連行である。僕はアセッた。タイは僕のアジア取材の拠点であり、第2の故郷ともいえる国だ。もし入国拒否でもされ、今後タイに入れなくなってしまったら……。

「すんませんでした!」

 土下座せんばかりの勢いで謝ると、メモリーは消されたがとくにお咎めもなく解放された。ついでに「ここで手続きすればいいから」と入国作業までやってくれて、大行列を見事パス。結果オーライではあったが、国境での撮影は慎重に行いましょう。

 

ブルネイのイミグレーション。これを撮っていたら怒られた

【越えて国境、迷ってアジア vol.58】(2018.8.8)

(後編につづく)

「アジア国境越え鉄の掟10か条〈後編〉」

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