文と写真/室橋裕和

とうとう解放されたインド東北部の果ての果て、ミャンマー国境ナガランド州。ここはモンゴロイドが住む最西端の場所のひとつだが。それゆえ戦乱が続いてきた。これまで外国人の出入りが厳しく制限され、外界から隔絶されてきた州を訪ねて見ると、そこにはアジアの原風景がそのまま保存されていたのだ。

 

 

現代とは思えないナガランド山中

 果たしていまは、本当に21世紀なのだろうか。

 時代を超えてタイムリープしたような感覚に、ナガランドに入ってからずっと捉われていた。

 大ナタや銃を担ぎ、険しい顔をして歩いていく男たちとすれ違う。手には獲物だろう、血まみれのトリやらウサギやらを手にしていた。女たちは大きなカゴを背負い、いっぱいのマキを積んで村へと帰っていく。藁葺きの木造民家が立て込む村には、近代的な施設や商店はひとつもない。電気もない。そのかわり家々の垣根は色とりどりの花で鮮やかに飾られていた。子供たちはみな、赤ん坊を背負いながら、追いかけっこやらボール遊びに興じている。どの顔も浅黒く汚れていたが、精悍だった。

 そんな村をいくつも越えて、モンという町にやってきた。

 ようやく道が舗装され、電気が使えるようになる。とはいえ、停電はひんぱんである。そして町には、インターネットもなければホテルもなかった(2012年当時)。

 「だからモンに来る外国人は、あたしのとこに来ることになってんだよ」

 そうマダム・パインダは笑った。ソナリ州境でつかまえた1日わずか3本という乗り合いジープの運転手が、マダム宅までつれてきてくれたのだ。

 外国人の訪問が許されてまだ間もないナガランドの、それもド辺境である。ごくたまに外国人が迷い込んできても、どう対応したらいいのかわからない。そこで処置に困ると、英語がわかるマダムと呼ばれるこの女性に、まずは預けられるというしきたりのようだった。

 「外国人が来たときだけ開けるのよ」

 という小さなゲストハウスがあるのだそうだ。納屋的なものを想像していたが、思ったよりもずっときれいで、拍子抜けするほど今風だった。ただし電気は不規則に停電し、シャワーは5分ほどしかお湯が出ない。もちろんネットはない。

 「今日は疲れたでしょう。ゆっくり休んで」

 確かにその通りだった。アッサム州を大横断して、何度もバスを乗り換え、15時間ほどきつい移動の連続に耐えてきた。いくらマゾ旅を好む僕とはいっても、限度というものがある。しかしマニアにとってこの疲れはまた快感でもあるのだ。ハードな旅の果てに、とうとう禁断のナガランドに潜入した……アスリートとして、またひとつステージをあげてしまったな……僕はやわらかな布団の中でほくそ笑んだ。

 

ナガランドの山中をジープで走っていると、どこでもこんな男たちと出くわす。ナタは必携だ

典型的なナガの村。小さなところでは電気もなく、自家発電機が頼り