文と写真/室橋裕和

バングラデシュとミャンマーに挟まれたインド・ミゾラム州。その州都アイザウルは、さまざまな民族が行き来する人種のるつぼであり、また複雑怪奇な構造を持つ「階段都市」でもあった。

 

 

日本人の心の底に流れる光景

 インド東北部に突き出た三角地帯には、7つの州がある。そこに住まうのはインド系の人種ではなく、僕たちと同じ顔をしたモンゴロイドなのである。山菜や川魚をコメと一緒にふんだんに食べ、納豆をつくり、山の懐に藁葺きの家が連なる。みずみずしい田畑。子供たちはまだ小さいのに、赤ん坊を背負い、マキを担ぎ、家の手伝いをしている。まるで「日本昔ばなし」のような、アジアの原風景ともいえるその姿。

 ここは日本人のふるさとかもしれない……そんな思いを抱えてインド東北部の諸州を巡っていた僕は、最後のシメとしてミゾラム州を訪れた。

 

かつての閉ざされた州境を越えていく

 アッサム州シルチャールは、よくあるインドの街道筋のたたずまいであった。うるさいリキシャ、そこらじゅうにいるチャイ売りと物乞い。アブラっこい顔のインド系。モンゴロイド系もいるが、多数派はインド系のように見えた。

 この東北部諸州は、インド系にとっては入植の地でもある。ビジネスチャンスを求めて移住してくる大量の人々を前に、少数派のモンゴロイド系はかなわない。数が違う。東北部でも早くから治安が安定し、また地域の中心でもあったアッサム州は、インド系の進出がさかんだ。「混沌と喧騒のインド」に、僕たちモンゴロイドが呑みこまれていくようで、なんだか悔しさを感じてしまうのであった。

 

 そんなシルチャールを乗り合いのバンで出て、ひたすらに山間の道を南下していく。グーグルマップを開いてみる。ミゾラム州は西のバングラデシュ、東のミャンマーに挟まれた、まさにミゾのような形態をしている。入り組んだ国境地帯に潜りこんでいくことに興奮は高まる。そのまま国境を越えて南下していけば、かのロヒンギャ問題に揺れる現場に至るのだ。人種や文化の衝突点であり、融合点であり、これぞまさしく「コミュニケーション」とやらの最前線であるのだと思いながら地図と車窓とを眺め続けていると、やがて関所が現れた。アッサム・ミゾラム州境である。

 運転手は僕のほうを振り向くと「あんた外国人だろ、オフィスで手続きしてこい」と言う。バンを降りれば目の前には、まさにチェックポイントという感じで州境ゲートがかかっている。昂揚する。ここから先のミゾラム州は、かつてのオフリミット、外国人立ち入り禁止エリアなのである。しかし2011年から方針が変わり、禁断の州境もいまや崩された。

 「たのもう!」

 パスポート片手にオフィスに出向いてみれば、流暢な英語を話す係員のおばちゃんが手続きをしてくれて、ものの5分で入州が許可された。

 「アイザウルに着いたら、そっちの役所でも外国人登録してね」

 と言われて見送られる。時代は変わったのだ。

 

アッサム・ミゾラム州境ポイント。そこらの国境よりもはるかにレアな地点といえるだろう