文と写真・室橋裕和

タイラオスミャンマー。3国の国境が交差するポイント、ゴールデン・トライアングル。タイ側からは、ラオス、ミャンマーに、それぞれ国境を越えて遊びに行くことができるのだ。メコン河に漕ぎ出し、褐色の水面を縦横に渡りながら、国境を行き来する旅となる。

 

■メコンを見ずしてインドシナを語るなかれ

 インドシナの旅はいつもメコンからはじまる。

 バンコクとアンコールワットとホーチミンシティだけ見てインドシナを見た気になってはいけない。半島を貫く母なる大河と対面し、その豊かな実りとともに生きる人々に出会い、川面に沈んでいくあの巨大な夕陽にうち震えてこそインドシナの旅というものであろう。

 そう、今回もまた、メコンを従えて旅をするのだ。そう思うと身が引き締まる。目的地はズバリ、ゴールデン・トライアングルだ。タイラオスミャンマーの3国の国境が密接するマニア垂涎のスポット。国境をなすのは大メコンとその支流である。タイ人にはそこそこ知られた観光地となっているのだが、恥ずかしながら未探訪であった。

 

■小さな国際都市チェンライから国境へ

 スタート地点はタイ最北部の県チェンライである。かつてラーンナー王国の首府であったこの静かな街も、いまや各国の旅行者が行き交うけっこう国際的な場所となっている。旧市街のバスターミナルは古びているが、でかいリュックを背にした欧米人のバックパッカー、中国人観光客の一団、それに少数民族らしき民族衣装の人々も見える。このあたりの山岳部は、モン族やリス族など少数民族の里でもあるのだ。

 ターミナルからはミャンマー国境行き、ラオス国境行きなどがばんばん出ており、まさしく交通の要衝。テンションが上がる。そして我が目的地、ゴールデン・トライアングルへの前線基地となる街チェンセーンへ向かうのは、エアコンすらないボロバスであった。天井に取りつけられたファンが、熱帯の生ぬるい空気をかき回している。床は鉄板打ちっぱなし。ただ走ればそれで良いという辺境仕様につい胸が高鳴る。こんなの最近のタイではよっぽどイナカに行かないと出会えないシロモノだ。

 そんな僻地でよくあることだが、このバスもまたダンナが運転手で嫁が車掌という夫婦船。キップの入った鉄の筒を手に料金を回収している嫁は「さわでぃーちゃーお」と乗り込んでくる客と挨拶をかわす。バンコクなら「サワディーカー」となるが、北部方言は語尾が変わるのだ。乗客たちの口調や表情も、バンコクよりもなんだか丸い気がする。僕も50バーツ(約170円)の料金を支払い、いざ出発。

 

チェンライとチェンセーンを結ぶ味のあるバス。きわめてスローモーである

チェンライのスマホショップに群がる袈裟姿。坊さんだってスマホは必要だ

■またしてもメコン河と対峙する

 のどかな道中であった。

 ほんの数百メートル走ったら停まって乗客を降ろし、とろとろ発進したと思ったら道端で手を上げている人のためにまた停まる。バス停的な概念はインドシナのイナカではほとんどない。乗り降りはどこでだっていいんである。急ぎ旅のときはたまらないが、そうでないなら刻むようなこのペースはけっこう好きだった。路傍のパイナップル売りや、寺を眺めながら、ゆったり北上していく。

 まどろみから覚めると、どうやらチェンセーンの市街のようだった。平屋の木造民家が続く。バスは道路のどんつきまで行くと、エンジンを切った。

 降りてみる。左右にはささやかな市場が並んでいる。警察署やら郵便局など役所もあるから、きっと中心部なのだろう。だが、静かだ。

 屋台の集まっている方向に歩いていくと、そこで唐突にタイは終わっていた。目の前にはメコン河が流れている。ため息が漏れる。対岸はもう、ラオスだった。向こう側にもぽつぽつと、家並みが見える。川面には、ボートレースの練習をしている若者や、漁師、遊んでいる子供たち。こんな景色を見るために、毎度毎度はるか日本からやってくるのだ。

 すぐそばにはイミグレーションもあった。ボートが対岸のラオス側の街とひんぱんに行き来している。しかしここはタイ人とラオス人限定の越境ポイント。外国人の通過は許可されていない、ローカル国境である。ものは試しと係員に「あっち行っていい?」と聞いてみたが「外国人はチェンコン(#12 、#59)を通ってね」と笑顔で返された。

 しかしこういうマニアックな国境もまた趣がある。そそる。我が記録に残さねばなるまい。つい興奮してイミグレーションの建物をあらゆる角度から激写し、越境していく人々に不審がられてしまうのであった。

 

メコン河流域ではどこもボートレースがさかんで、祭りのときの目玉になる

外国人が通行できない国境というのもオツなものである。タイに買出しに来ているラオス人が多かった