文と写真/室橋裕和

 

アンコールワットの街シェムリアップを出発し、誰も知らないカンボジアの奥地へ。ネットにもほとんど情報のない、メコン河に沿ったラオス国境の小さな町を目指して、旅が始まる。

 

ググっても情報がぜんぜんない町

 多くの人にとってカンボジアのここシェムリアップは、旅の目的地であり、ある種のゴールであろう。誰もがこの街を基点に世界遺産アンコールワットを見物するためにやってくる。国際的観光地である。

 しかし僕にとって、ここは出発地点なのであった。シェムリアップはカンボジア第5の都市、知られざる北部の小さな町や村へのアシは、ここから発着するのだ。

 

 今回の目的地はカンボジア・ラオス国境である。

 インドシナの母なる大河メコンによって分かたれた国境地帯を目指すわけだが、単にまっすぐ直行するだけでは芸がないではないか。シェムリアップからはるか東、ストゥントレンからメコンに沿って北上すれば国境があるってことはわかっている。ならばその間、できるだけ外国人旅行者が行かないような、かつシブい見どころもありそうな場所に立ち寄りつつ旅を進めたい……そんなことをブツブツ呟きながら七ツ道具のひとつグーグルマップを拡大したり縮小したり、丹念に見ていく。きっとどこかに(外国人)未踏の場所があるはずだ。それもやはり国境近辺がいい。カンボジアとラオス、タイの国境線を重点的にチェックしていく。気分は衛星写真でアフリカの知られざる秘境を探した「のび太の大魔境」である。

 しかしどれだけ見ても、特徴があるとも思えない小さな町が点在するばかり。国境の峰に建つ遺跡カオプラウィハーンやら、かつてのポル・ポト派の牙城アンロンベンあたりはすでに本連載#16#17あたりで制圧済みだ。もうカンボジアに秘境はないのか……諦めかけたそのときである。

 おっ……。

 メコン河沿いに、小さな町を見つけた。河に平行して道が3本、ささやかに広がっている。役所のような記述もある。宿らしき物件もある。そして目の前のメコン河を越えたすぐ先が、ラオスの村なのだ。そちら側はメコンの中州に浮かんだ無数の島のひとつで、その南端部に小さな村落があって、カンボジア側と対峙していた。石を投げたら届きそうな距離だ。ラオスとカンボジアとで、河を挟んで「ツイン・ビレッジ」を形成しているのである。ソソられた。

 ググッてみても、ここを訪れたブログもツイートも、なにもまったく引っかからない。英語でも同様だ。こんなところ、めったにない。インドシナ半島にまだ、外国人の足跡がない場所があったのか……ついに見つけた。ここにしよう。ラオス国境の町、メコンのほとりカンポン・スララウを、僕はこの旅の目的地と定めた。

 

この20年、インドシナ半島で最も変貌した街はシェムリアップかもしれない。小さな村がいまでは国際観光都市に

 「バスかなにか、あるはず。たぶんね」

 ホテルで荷物を降ろして、街に飛び出す。さあ、ここからどうやってカンポン・スララウまで行けばいいのか。ググったところで情報は皆無なわけだから、こうして実際にやってきたのだ。

 便利であるのは、この街が「どこもかしこもバスターミナル」であるということだ。そこらじゅうに旅行会社のブースがあって、アンコール遺跡のツアーなどのほかに、プノンペン行きやらバンコク行きなどのバスチケットも扱っているのだ。そしてバスはホテルまでピックアップに来てくれる。

 が、しかし、カンポン・スララウと告げたところで誰もが首を傾げるばかり。スマホで地図とクメール語の表記を見せてもみるのだが、反応は薄い。「シェムリアップからは出てないよ」「知らない」「それラオスじゃないの」何軒当たってもコレといった手がかりがつかめない。カンポン・スララウとはどんだけイナカなんだろうか……。

 フランスパンのサンドイッチを食べて気合を入れなおし、また旅行会社を回ってみる。そういや泊まっているホテルでもチケットを手配してたなと思い出し、聞いてみるが、民族衣装であるサンポットという巻きスカートも鮮やかなフロント女子は困った顔をするばかり。

「あ、でも」

 知り合いの旅行会社なら知ってるかもというので電話してもらうと、近くをバイクで流していたようですぐにホテルまでやってきた。いかにも世話好きのおばちゃんといった感じで、

 「いい、とりあえずタベン・メンチャイまで行きなさい。チケットは15ドル、朝7時30分出発ね。このホテルまでピックアップに来るから。で、タベン・メンチャイからは、カンポン・スララウに行くバスかなんかあるはず。なくても誰か、行き方を知ってると思うよ。たぶん」

 なんて言うのだ。わくわくするではないか。途上国だっていまや旅の道筋があらかじめわかってしまう時代にあって、この曖昧で先行きが見えない感じがなんともたまらない。そしてまずはタベン・メンチャイというチェックポイントが見えたのだ。目指そうではないか。

 出発を祝うのは一人鍋である。観光客なんかひとりもいないローカル食堂に乱入して、カンボジア名物の牛肉鍋チュナンダイを注文。アンコールビールで乾杯をして、必勝を祈願した。

 

カンボジアに来たら必ず食べるチュナンダイ、牛の脂が効いたこってりスープがいいんですよ