文と写真/室橋裕和

 

 

カンボジア北東の辺境、カンポン・スララウ。メコン河を挟んで、目の前の村はもうラオスだ。マニアにとってはたまらない国境の風景が望めるのだが、そこへ声をかけてきたのは地元のアニキであった。
「ラオスに行くなら、ボート出すけど?」
 行きたい。こんなカンボジア最果ての国境を突破した日本人は誰もいなかろう。昂ぶった。しかしこれは、違法ではないのか。密入国ということになりはしまいか……。

 

 

禁断の密入国に手を染めるのか

 いちおう、聞いてみる。言葉はカタコトのタイ語だ。

 「イ、イミグレーションはあるのかな? 外国人が通ってもいいの?」
 「誰でも行けるぞ。5分だ」
 アニキはカタコトのラオス語で答えて、片手をぱっと広げた。タイ語とラオス語は似た言葉なのだ。そしてここは国境地帯、地元のカンボジア人にはかんたんなラオス語を話す人がけっこういた。それはありがたいのだが、どう考えたってこれは密入国であろう。

 地元の人たちはきっと家族や親戚が両岸にまたがって暮らしていたり商売の用事があったり、近所づきあい的に行き来しているのだと思う。うろたえる僕の前でも、小さな小でラオス側にこぎだしているおばちゃんがいる。向こうからやってくるおじさんもいる。たんなる隣村なのだ。

 近代的な国境の概念なんぞ誰も考えてもいない様子が実にソソられるのだが、僕はヨソモノの第3国人、ローカル国境の通過はたぶん両国ともに認められていない立場であろう。

 「向こうからガソリン頼まれてるから、いま出るんだ。一緒に来るなら乗せてくよ」
 と言われて、ふらふらと誘われそうになったのだが、ラオス領の端のほうに建つ小さな小屋が目に入った。あちら側はメコン河の中洲に浮かぶ島なのだが、その東の突端だ。スマホでズームしてみれば、ラオスとカンボジアの国旗が翻っているではないか。イミグレやんけ!

 とはいえマトモに機能しているとも思えないが、形ばかりの掘ったて小屋とはいえ、国境を管理する部署がいちおう存在するのだ。危ない危ない。思いっきり密入国するところであった。小遣いを稼ぎそびれたアニキだが、断ると笑って手を振り、ラオスへと渡っていった。

 

手前がカンボジアで向こうがラオス。みんなスイスイ行き来しているが、左手奥の建物はいちおうイミグレーションである
村にはこんな雑貨屋が数軒あるだけで。それも夕方には閉まる