あまりにも平和な村だが……

 アニキが離岸していったあたりには、メコン河に沿って民家や小さな雑貨屋が並ぶ。土くれの道と、木造の平屋。それがカンポン・スララウのメインストリートなのであった。

 そんな道が、メコン河に平行して3本。たったそれだけの村だった。ひたすらに静かだ。小さな学校のまわりは子供たちの声がいくらか聞こえるが、あとはどこに行っても川面を渡る風の音と、そこらをつついているニワトリの鳴き声だけ。それでもなかなか立派な寺院だけはあり、爺さんたちの寄り合い場になっている。

 村の周囲は延々と田が続き、トラクターに子供たちが群がって遊んでいる。恥ずかしげな、はにかんだ顔が向けられる。カメラを構えてみると、それこそクモの子を散らすようにわっと逃げる。それを見ていた野良仕事姿の婆さんが、顔をくしゃくしゃにして笑う。

 いいところだなあ。なんと平和なのかと思った。人のささやかな営みと、すべてを包み込むメコンの偉大なる流れ。土と、水の匂い。こんな場所で暮らせたら……と思ったのだが、雑貨屋ががらがらとシャッターを下ろしているではないか。まだ5時だぞ。日も高く、暑く照りつけているのに、今度はとなりの食堂が店じまいをはじめている。

 慌てて宿に戻った。とはいえ民家のひと部屋を開放しているだけの、ほとんどホームステイである。ラオス語のわかる家の娘をつかまえる。
 「な、なにか食べるものある? 夕食」
 「え……もうぜんぶ片しちゃったよ。カオニャオ(もち米)ならあるけど」

 恐ろしく夜の早い村であった。巨大な夕陽がメコンに落ち、両岸のカンボジアとラオスを金色に染める頃、カンポン・スララウの木造家屋はすでにどこも扉を閉じてしまったのだ。

 暗黒の村をさまよう。夕飯を食いそびれてしまった。今夜は国境のメコンを眺めて渋いディナーを決めるはずだったのだ。宿のもち米だけでは寂しかろうと思って、ほかにどこか開いている食堂のひとつやふたつ……と探しているうちに、村は機能停止してしまった。スマホのライトを頼りに、濃密な闇を歩く。犬の遠吠えにびびる。

 

カンポン・スララウには、まだまだのどかなインドシナが残る。それでもちゃあんと衛星アンテナも
カンポン・スララウ最大の繁華街。ひと気はなく静まり返っている