国境のメコンに乾杯!

 これはもう、今夜はメシ抜きかあ……と覚悟を決めたとき、遠くのヤシの木立の間に明かりが見えた。早足になる。雑貨屋だった。まだ開いている。菓子やらパンも売っているじゃないか。助かった。ほっとして店内に入ると、家族がくつろぐ部屋がすぐに隣接していて、奥には暗いメコン河に面したテラスにテーブルがいくつか並んでいた。客だろうか、食事をしている人もいる。

 「ごはん、食べるかい」
 ラオス語に振り向くと、店のおばちゃんが笑っていた。食堂でもあるのだ。ありがたい。そしてタイ語を話すあやしげなガイジンがうろついているという話は伝わっているようだ。さすがは小さな村である。

 「簡単なものしかないけど」
 と、なにも注文していないのに運ばれてきたのは、サカナをナンプラーかなにかとレモングラスで煮込んだもの、サカナのつみれ、それと山盛りのごはんであった。ごくふつうの家庭料理なのだろう。僕にとってはごちそうだ。きっとサカナは目の前のメコンのものに違いない。

 しっかり河を見晴らす席に陣取って、もちろんアンコール・ビールも注文して、国境に乾杯。イッキに飲み干す。たとえようもない、これ以上ない達成感。勝った、という気分だ。それもこんな、外国人がぜったいに来ないような辺境で、メコンと対峙し向こう岸のラオスを眺めているのだ。アジア国境を歩く者としては、まさに大勝利であった。

 その満ち足りた気分が、まずかった。
 すっかり気持ちよく酔った僕は、お会計時に店の片隅に並ぶビンを発見してしまったのだ。
 「ラオカーオだね」
 コメからつくった焼酎であった。ラオスから持ってきたものらしい。いいじゃないか。今夜はこれで晩酌といこう。

 水とソーダも買い込んで、千鳥足で暗黒のカンポン・スララウを歩き、部屋に戻ってラオカーオを空けてみた。舐めるだけでしびれるほど、強い。ラベルを見れば45度じゃないか。それでも香りが良く、飲んでみれば意外にするすると入る。いける。くいっとグラスを傾ける。ほんわかと全身が温かくなり、すっかり楽しくなってきた。よーし飲むか!

 本格的に国境酒の体勢に入ってしまった僕は、すいぶんと飲んだ。パソコンで写真を見て旅路を振り返っては飲んで感慨を深くし、グラスを持ってパンツ一丁で外に出て野良犬と語り合い、ラオス側の小さな灯かりを見つけては嬉しくなってイッキをかました。ひと瓶725mlをカラにしてしまったのだ。

 

カンボジア側から、メコン河と向こう岸のラオスとを祝福する。最高の気分

 翌日……ひどい頭痛で目が覚めると、すでに10時を回っていた。まずい! はっと思い出し、部屋を飛び出る。家の娘がぼんやりジュースを飲んでいた。
 「バババ、バンは?」
 「朝イチで行っちゃったよ。7時って言ったじゃん」

 迂闊であった。完全に忘れていた。これで明日まで待たなくてはならないのであろうか。
 「客が少ないと、出ない日もあるよ。明日は出るのか出ないのか」
 そんなあ。そりゃあ平和でのどかでいい村ではあるが、もう一日か二日いろと言われると困る。ヒマなのだ。せせこましい社会に生きる人間には、ここでの時間のつぶしかたがわからない。

 

 さあて、どうすっかあ。

 

問題のラオカーオ。これで酔いつぶれてしまった

 

【越えて国境、迷ってアジア #80】

 

【越えて国境、迷ってアジア アーカイブ#81「カンボジア側シーパンドン カンポン・スララウ〈3〉」】につづく

 

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