果たしてカンポン・スララウは見えるのか?

 足がかりとなるのはコーン島だろう。コン島とは発音がやや違う。滝から30キロほど走り、メコンにかかる橋を渡るとコーン島なのだが、ここはもう川中島とは思えないほど広大だ。なにせ地平線が見えるのだ。霞む彼方まで刈り取りの終わった田が続く。赤土の道の左右にささやかな村がたたずむ。高床式の木造家屋と、背の高いアブラヤシ、駆けずり回っている子供たちが僕を外国人だと認めると手を振ってくる。そこらを我が物顔でうろついている牛どもや、道路の真ん中で寝そべっている犬どもを蹴散らして、島を横断していく。

 だが、どれだけ走っても船着場が見あたらない。すでに島の西岸を延々と行ったり来たりしている。しかし南に位置する島々に向かう船着場は見つかったが、西のカマオ島へのものがどこにあるのかわからない。どこかにあるはずなのだ。

 迷いながら走っていると、いつの間にやらコーン島の北部まで来てしまっていたようで、しかもガソリンが尽きかけていた。慌てて雑貨屋を探す。軒先に置いてある赤い液体の入ったビンやペットボトルが目印だ。インドシナの僻地ではこうしてガソリンが吹きさらしで店頭販売されているのである。器用に漏斗を使ってドボドボとガソリンを注ぐおばちゃんにカマオ島への行き方を聞いてみるが、どうにも僕のタイ語がうまく通じない。タイ語とラオス語はかなり近い言語なのだが、要領を得ない。

 もうしばらく走ってみたが、どうにもこれはタイムアップのようだった。宿のあるデッド島に渡る船は、夕方6時頃で店じまいだ。戻る時間を考えたら、そろそろ引き返さないとまずい。

 だけどカマオ島には行けずとも、せめて遠くからでもカンポン・スララウが見えないものか。
 グーグルマップを確認しながらバイクを低速で進めていく。どこかにカマオ島の向こう、カンボジアのカンポン・スララウを眺められるポイントはないか……。

 ちょうど民家が立て込んでいるあたりだった。さすがに庭先にお邪魔するわけにもいくまい。しかしすぐ先に寺院があった。誰でもぶらりと立ち寄ってぼんやりとくつろぐことができるのがインドシナの宗教施設、入ってみると太った若い坊さんが笑顔を投げかけてくれた。ちょうどメコンに面しているようで、カマオ島が手に取るように見える。さらに奥、また水面を挟んだ先に、村があった。あれだろうか。

 「あの、あっちはカンボジアですよね」
 今度はヘタなタイ語でも通じたようで、頷く。

 「すぐ目の前の島まではラオス領なんだよ。でもその向こうの対岸、あそこはカンボジアだよ」
 「カンポン・スララウですか?」
 「名前までは知らないけど……」

 恐らくそうだ。グーグルマップの輝点は、僕が立っている場所からメコンを挟んでほんの数百メートル先にカンポン・スララウがあることを示している。目を凝らしてもなんとも判然としないが、僕は数日前、たぶんあそこにいたのだ。

 嬉しくなった。ちょっとした達成感だった。
 観光ポイントからはあまりに離れすぎ、あまりにニッチすぎて、誰もが反応に困る紀行であるのはわかっているが、僕はこんな旅が大好きなのだ。やはり旅は、できるだけ人が行かないところを攻めてナンボなのではあるまいか。

 

コーン島の中心地。これが島最大の繁華街だった。観光客はもちろん誰もいない
これはコーン島のまた別の船着場。カンボジアとラオス、それぞれの島の間をフネが縦横に行き交う
たぶんあの対岸が、カンポン・スララウ。シーパンドン一周の旅は終わった

 

【越えて国境、迷ってアジア#83】(2019.9.11)