文と写真・室橋裕和

収束傾向である! 憎きコロナもだいぶ感染者が減ってきた。僕のメインフィールドであるアジア諸国ではすでにロックダウンが段階的に解かれ、入国制限の解除、国境を越えた往来の再開についても話し合われるようになってきた。
もう少し、なのだ。
あと少しでアジアをまた旅できるようになる。それまでの間、せっかくの機会なので、「日本の境い目」を旅して過ごすとしよう。

 

■スタート地点は下町・亀有 

 JR常磐線・亀有の駅を降りると、両さんの像が出迎えてくれた。南口にはなじみやすそうな庶民的な商店街が広がり、総菜や薬や靴、たい焼きにメンチカツなど小さな専門店が肩を寄せ合う。チェーン店に浸食されていないところがいい。そんな街のあちこちに漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の主人公・両津勘吉巡査のイラストが踊り、オブジェが立つ。和菓子屋では「両さんどら焼き」が売られていた。街の顔なのだ。

 その亀有から、中川を越えて、両さんが所属しているであろう亀有警察署に向かって歩いて行く。「新宿」と言う地名に目が留まるが、これは「にいじゅく」と読むらしい。新宿とはあの巨大都市特有の地名というわけでもなく、新しくつくられた宿場町に名づけられることが多かったのだという。ほかにも「あらじゅく」「しんしゅく」などの名で、千葉神奈川埼玉群馬など全国に「新宿」は点在している。ここ葛飾の場合、1568年(永禄11年)の文書にすでに登場してくるらしい。副都心・新宿の建設は江戸時代に入ってからだから、それよりだいぶ早いのだ。こんなちょっとしたウンチクを楽しみながら歩くのが、日本の旅かもしれない。

 

亀有駅前には「派出所」の皆さんが。駅周辺には15の両さん像があるそうだ

■東京から埼玉に入ったとたん…… 

 その新宿を過ぎ、金町の駅前商店街を通り、一軒家や小さなアパートが密集する界隈を抜けると、第1チェックポイントが見えてくる。水元公園だ。

 都内でも最大級の公園だというが、亀有のすぐそばにこれほどに広い緑の水辺があるとは思いもしなかった。コロナの収束が見られるからか、ピクニックをする家族連れや散歩をする人がけっこういる。サイクリングロードも整備されていて、子供たちが元気に走っていく。

 その傍らの道を北上していく。道路の上に掲げられた看板に、思わず声が上がる。

『埼玉県 三郷市』

 国境なのである。イミグレーションこそないが、ここは東京都と埼玉県を分かつ陸の境界線。その直上をよく見れば、両国の悲しき格差が表れているのであった。東京側の歩道はハイソ感あふれるレンガ風だが、埼玉側は味も素っ気もないアスファルトなのである。国境線を境にきっぱり、くっきりと分かたれた、残酷なまでのこの光景。心なし、歩道の幅まで埼玉側は狭いではないか。やはりこれは、道路整備にかけることのできる予算の差なのであろうか。

 蛮族の地に入るかのような緊張感をいくぶん覚えつつ埼玉に越境してみれば、すぐそばの駐車場ではシャコタン・フルスモークのベンツとヴェルファイアが異様な存在感を放っているのであった。都内とはだいぶ異なる文化様式に戸惑うが、埼玉国にやってきたという実感も湧き、嬉しい。そこへ通りがかった東武バスの行き先表示を見れば、これが埼玉・三郷と東京・金町を結ぶもの。いわば国際バスであろう。

 水元公園がそもそも、両国にまたがって広がっている。小合溜(こあいだめ)という大きな池の南岸が東京、北岸が埼玉だ。どちらにも釣り人が多く、「密」を避けて間隔を取り、ビール片手にのんびり糸を垂らしている。フナやコイ、ブラックバスなどが釣れるらしい。

 

東京・埼玉の国境線は歩道を見るとその違いがよくわかる。経済力の表れなのか……

水元公園は都内随一のグリーン&ウォータースポット。豊かな生態系を観察できる施設もいろいろ