■昔は何の建物だったのか…トイレに残る謎

 

 2杯目の烏龍茶割を注文し、ママにリド飲食街の歴史を聞いてみた。今年、70歳になるママはこの店の二代目だという。リド飲食街ができたのは昭和33年頃。約70年もの間、母子二代に渡って店を切り盛りしてきたこととなる。当時から残っている店は2軒のみで、他は入れ替わりも多いという。近くには同じ頃に建てられた「京洛酒場街」という飲食街があったという。「キョーラク」の相性で親しまれていたが、2011年に起きた火災で消失してしまったそうだ。

 ちなみに、リド飲食街はトイレが少し変わっている。今までも京都の会館のトイレは入ったことがあるが、ほとんどが和式でたまに洋式もあるという感じだ。リド飲食街は女子トイレは和個室なのだが、隣接している男子トイレが外から丸見えなのだ。小便器もなければ仕切りもなく、奥の溝に直接用を足すようになっている。水洗ではなく排水口に流れていく仕組みで、ネットでも「不思議なトイレ」と話題になっている。

 この形式のトイレを見たことがあった。かつて、沖縄や新宿に存在していた社交街の風呂場によく似ているのだ。これは完全に妄想なのだが、もしかするとリド飲食街は昔、料亭街だったのではないだろうか。新宿のゴールデン街や沖縄の栄町市場のように元料亭街の飲食街はわりと多い。その料亭の風呂場を改装して、今の男子トイレの形になったのでは……? そうなると、2階建て(現在、2階は物置になっている)なのも納得がいく。

 そこで思い切って、ママに訊ねてみると「それはわからんのよね。私が小さい頃にはすでに飲食街だったのよ」と、ハッキリ言われてしまった。結局、この建物が以前は何だったのかは分からなかった。だが、こんな妄想をしながら飲む夜も悪くない。

 その後、2軒ほどの小料理屋を回った。どの小料理屋も突出しと酒で1000円~と、リーズナブルに飲むことができる。この日は3人のベテランママに会うことができて、みんな個性的で面白かった。もし終電がなければもっと深酒をしていたであろう。この日は烏龍茶割を5杯飲んで、家路についた。
(カワノアユミ)

1軒目

2軒目

3軒目

 

 

(つづく)

【元バンコクNo.1キャバ嬢が行く!「呑んだくれ横丁探訪」vol.3】(2021.11.24)

 

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