文/ステファン・ダントン 写真/冨田 望

 

■アイディアは実現する 

私の使命は日本茶の生産者と消費者をつなぐことだ。だから自分のことを「茶商」と呼んできた。

日本茶ビジネスを始めたのは2005年。

「なぜこれほど日本茶が飲まれないのか。もっと多くの人に日本茶を飲ませるにはどうしたらいいか」

考えた結果、生み出したのがフレーバー日本茶だった。

 

日本茶を飲まなくなった若者や、日本茶に不慣れな外国人にアプローチするには、驚きと楽しさが必要なはずだと思った。果物や花の香りに誘われて口に運んだフレーバー日本茶で、その本当のおいしさに気づいてくれれば、日本茶ユーザーの裾野が広がるはずだと踏んだ。

一方で「どうすれば日本茶をおいしく飲めるのか。おいしい日本茶はどのように生産されているのか」を伝え続けてきた。

 


「おちゃらか」の店内にある、お茶の入れ方をイラストで描いた黒板


■お客さまを育てる 〜日本茶はただのビジネスの道具じゃない

日本茶ユーザーは目減りしている。コンビニで間に合わせに買う飲料のひとつとしてはポピュラーかもしれないが、好みの茶葉を選んで自宅で日本茶を楽しむ人がどれほどいるのか。

問題は、日本人が日本茶を知らないことだと思う。日本茶という日本を代表する農産物について意外なほど何も知らない。ワインならばブドウの品種や産地にこだわる人も増えているのに、日本茶になるとさっぱりだ。

ならば勉強するしかない。誰かが「教育」するしかない。茶樹の育ち方、茶の品種、生産者の工夫。これらを知れば、何をポイントに茶葉を選べばいいか自分の中に指標ができる。選ぶ楽しみが生まれる。その役割を担ってきたのが茶商だと思う。

 

日本茶専門店で実際にお茶を入れてもらいながら、そのお茶の特徴を説明してもらう。何度も足を運ぶうち、日本茶に詳しくなっている。こんな経験のある人が少なくなっている。そもそも日本茶専門店が減っている。ならば私が魅力的な日本茶専門店を開き、お客さまを楽しませながら教育していこうと考えた。

日本茶に対する知識を深めてほしかったから、お客さまを茶産地ツアーにお連れした。実際に産地で生産者の話を聞いてもらい、茶の苗を植え、茶摘みをし、加工体験もしてもらった。

ビジネスだけを考えるならオンライン販売中心にしたほうがいいのかもしれない。それでも私がオフラインでの経験にこだわるのは、茶商としての務めを果たしたいからだ。

 

2007年、静岡県の川名での茶産地ツアーの様子。さまざまな国籍のお客さまを案内した (撮影/ステファン・ダントン)

■社会を育てる 〜マスメディアに利用されずに利用する

 

私は、自分自身の感性と知識を使って日本茶の普及に取り組んできた。マスメディアも利用した。ビジネスの宣伝はもちろん、社会を育てるというと大げさかもしれないが、より広い層に私の日本茶知識を伝えたかったから。

フランス人のソムリエが果物や花の香りをつけた日本茶を開発した」
キャッチーだと思う。テレビや雑誌もそこに注目したのだろう。これまで数々の取材を受けてきた。日本茶に魅せられた外国人としてステレオタイプな取り上げ方をされてもかまわなかった。

取材を受けるときの条件は、おちゃらかの宣伝だけでなく、日本茶の文化的背景や産地・生産者についての話が織り込めること。「おもしろい外国人」としてバラエティ番組に出ても意味がないのでお断りしたこともあるが、今思えば茶商の役割を生真面目に考えすぎていたかもしれない。

いずれにせよ、テレビや新聞、料理専門誌からファッション誌まで幅広く取材してもらったことで、フレーバー日本茶もステファン・ダントンも多くの人に知ってもらえるようなったと思う。実際、おちゃらかに足を運んでくれるお客さまも増えた。

自分から発信することも増えてきた。この連載はもちろん、SNSやYouTubeを利用して情報を伝えている。おちゃらかに足を運ぶことが難しい遠方のお客さまにも、店先でおしゃべりするように私の話を聞いてほしいから。

 

店内ではお客さまのお茶についてレクチャーするほか、最近ではYouTube配信やオンライン講義を行うようになった