ミライさんは以前は近くの人気レストランの厨房で働いていて、4年前にミネさんと一緒にエンギナレを開いたそうだ。
スマホのグーグル翻訳を使い、ミライさんの喋りをその場で翻訳させながら、話を伺っていると、ライトグリーンのTシャツに白いエプロン(よく見るとエーゲ海の野菜のイラストがプリントされたお揃いのもので、お店のオリジナルらしい)姿のミネさんが現れた。
「今までシェルミンの家に行ってたんです。彼女がよろしくと言ってましたよ、ハハハ。さあハーブを刻みましょう!」
繊細そうなミライさんに対して、お姉さんのミネさんは明るくて典型的なトルコのおばちゃんキャラだ。そんな二人が作業台に並び、スーパーの半透明ビニール袋から大量の青ネギ、ディル、バジル、スペアミント、そして、にんにくを取り出し、それぞれ刻み始めた。
「エーゲ海料理では大量のハーブを使います。特にパセリとディルは何にでも使います」とミライさん。
彼女はイタリアンパセリを左手でギューギューとつかめるだけつかみ、親指と人差し指で輪っかを作り、そこからはみ出たパセリの葉を右手に持ったペティナイフで剃るように切っていく。切る度にほんの数ミリずつパセリを指の輪っかから押し出し、ジョリジョリと剃っていく。中くらいのスーパーのビニール袋にパンパンに詰まっていたイタリアンパセリがあっと言う間に全て削ぎ切りになった。
一方、左側のミネさんは、やはりスーパーの中袋いっぱいの青ネギをザクザクと輪切りにしていく。日本の青ネギなら10袋分くらいを一気に切り分けた。
パセリとネギと比べると、ディルやスペアミントは少なめだ。それぞれ100gほどをみじん切りにする。次に様々なサイズのプラスティックのボウルを7~8個用意して、それぞれに適量ずつ分けていく。日本料理やフランス料理などでは、ハーブは料理の最後に振りかけるもののように思ってしまうが、エーゲ海料理ではハーブはもっと重要な要素となる。多くの料理に最初から必要になってくる。
「パセリや青ネギは今から作る料理全てに使います。ディルはドルマ(詰め物)やサルマ(巻き物)に、ミントはサルマとミュジュヴェル(お焼き)に入れます。実はハーブは真夏よりも冬のほうが柔らかくて美味しいんです。真夏は葉っぱが固くなりすぎる。春は雨が多いのですが、毎年4月にアラチャトゥでハーブフェスティバルが開催されます。フェス期間中は観光客が多すぎて疲れます」とミネさん。



ここでミライさんが作り始めたのは夏から秋にかけて旬の野菜、ズッキーニの花にハーブやお米を詰め込んで炊いたカバック・チチェイー・ドルマス。前回(第91回)も紹介したが、僕の大好物の一つだ。
「ズッキーニの花は早朝、咲いた瞬間に収穫するんです。午後になるとまたしぼんでしまうからです」
お米を6カップ、ボウルに入れ、流水にさらしてよく洗ってから、ザルにあげる。お米はデンプンが少ないものが良いそうだ。大きなボウルに、お米、塩、赤唐辛子、バハラット(トルコのミックススパイス、レバノンの7スパイスと同様で、クミン、オールスパイス、乾燥バラの花びら、黒胡椒、ナツメグなどのミックス)、クミンパウダー、黒胡椒、乾燥ミント、みじん切りの玉ねぎ、先程の青ネギ、イタリアンパセリ、スペアミント、ディルを入れ、よく混ぜ合わせ、さらにトマトペーストをカップ1加え、混ぜ合わせる。これでエーゲ海料理のドルマとサルマの基本となる詰め物が出来上がり。