10年ほど前までは、毎年冬になると福井へ出かけていました。羽田から小松へ飛び、そこから列車で芦原温泉駅まで行き、駅からタクシーで20分ほど走ると、三国に着きます。この三国に「川㐂」という極上の蟹を食べさせる店があるのです。ご主人大森さんが河岸で選んできた最上のずわい蟹を茹で上げ、熱々のうちに頬張ります。ご本人が大皿に茹で上げた蟹を、廊下を小走りしながら部屋へ運んできてくださり、蟹の美味しい食べ方を指南してくれます。甲羅から脚を外すと「脚の付け根に歯を当て、しがんでください」。言われるままにしがんでみると、口の中に蟹肉と一緒にジュースが溢れ出てきます。「蟹の旨味は水分にあり」という言葉が浮かんだのは、このときでした。そうして、蟹こそは取り寄せてはならぬもので、わざわざ足を運ぶものだということを肝に銘じたのでした。残念なことに、大森さんが亡くなってからは、足が遠のいてしまいました。大森さんに連れられて三国港まで出かけ、セリにかけられる前のブルーシートがかけられた蟹を指しながら「蟹は風に当たっただけで、(旨みが)流れるんです」とおっしゃっていたのが印象的で、今となっては懐かしい思い出です。
 

 今回は、蟹ではなくが目的の福井です。今年、「ミシュラン」の北陸特別編が出て、5年前に出た「石川富山」に「福井」が加わりました。ここに、福井の「鮨十兵衛」が2つ星で掲載されたのですね。わざわざ福井を訪ねるのは久しぶりです。
「鮨十兵衛」は福井駅からタクシーに乗り、15分ほどの閑静な街中にありました。昼の予約した時間に出かけると、カウンター席が用意されていて、客が揃ったところで一斉にスタートです。昼は握りのみで、たいから始まり、さわら、しまあじなど白身、色物の魚に独特の味わいがありました。

 

「しまあじ」
「いくら」
「中トロ」

 酢飯の酢がもう少し利いていれば、まぐろや締めさばが一層美味しく感じられたかもしれません。ご主人の塚田さんはまだ30代かとも思われる鮨職人で、握りには後付けや上から柑橘を絞るようなことを一切せず、魚の香りを尊重した仕事ぶりに、とても好感が持てました。最後に味噌汁を出す店が多いのですが、「鮨十兵衛」では澄んだお出汁です。これだと、鮨をつまんだ後味を邪魔しなくていいですね。出迎えと見送りに先代のご主人が挨拶されましたが、「福井で江戸前鮨は立派ですね」とお伝えして、店を後にしました。

 

「鮨十兵衛」