カトリック・キリスト教の最も重要な祝日であるナターレ(=クリスマス)。12月に入ると、イタリア各地でキリストの生誕を祝う準備が始まる。聖母マリアの胎内にキリストが宿ったとされる12月8日から東方の三博士がキリストに会った日を祝う公現祭の1月6日までがナターレの期間で、この時期はお正月休みの日本の街中と同じようなムードに包まれる。クリスマスの飾りといえばすぐに想像するのがクリスマス・ツリーだが、イタリアのナターレに不可欠な飾りはツリーではなく、「プレゼーペ」と呼ばれるキリスト生誕のシーンを人形などで再現した模型である。ツリーはなくともこのプレゼーペだけは飾るという家庭は今でも多いが、このプレゼーペは一体いつから、なぜ飾られるようになったのだろうか? 調べてみると、「プレゼーペの発祥はラツィオ州のGreccio/グレッチョ村である」ということがわかった。「プレゼーペ=人形=ナポリ」というイメージが染み付いていたので、てっきりナポリが発祥かと思っていた私は驚き、早速グレッチョへ行ってみることにした。今月は、イタリアのナターレに不可欠なプレゼーペの起源とその発祥地の探訪記を、2回に渡ってご紹介しよう。

 

イタリアのクリスマスに欠かせない「プレゼーペ / Presepe」

 最近はクリスマス商戦を盛り上げようと、11月後半には街中のあちこちでイルミネーションやツリーを見かけるようになったが、伝統的には12月8日に家々や教会、街中を一斉に飾り付けて聖母マリアの受胎を祝い、12月25日のキリストの誕生に向けて日に日にお祝いムードを高めていくものらしい。カトリックの総本山があるヴァチカンのサン・ピエトロ広場はもちろん、イタリアの各家庭でもキリスト生誕のシーンを再現したプレゼーペの飾りは、25日が近づくに連れて賑やかになっていく。24日までは空のまま置かれているジオラマの中心の籐籠に、25日の真夜中、幼子イエスの人形を置いてキリストが誕生したことを祝う、という手順になっている。

   ジオラマは、基本となる聖母マリア、ジュゼッペ、そして幼子イエスという聖家族の人形を中心に、ベツレヘムの街や馬小屋の模型、動物達、羊飼いや農民など、飾る人の想像力や好みによってアレンジされている。木彫りや陶器のシンプルなものから、本物そっくりのミニチュアで一つの部屋を埋め尽くし、ベツレヘムの街をそっくり再現するほど手の込んだものまで、多種多様なプレゼーペが見られるこの期間は、各地の教会へ足を運ぶのも楽しい。

 



専門の職人も数多くいるほど、イタリアのナターレには不可欠なプレゼーペ。人形だけでなく、建物の模型や植物、動物など様々なアイテムがあり、12月にはこうしたアイテムを売るクリスマス市も各地で開かれている。(写真はグレッチョのプレゼーペ博物館の作品)

起源を探りに、グレッチョのプレゼーペ博物館へ

  イタリアはもちろん、世界中のカトリック教徒の家庭に浸透しているプレゼーペだが、周囲のイタリア人に聞いてもその起源について知ることはできなかったので、「発祥の地」と言われるグレッチョに足を運んでみた。村に着いた私は真っ先に『国際プレゼーペ博物館』を訪れた。小さな村の広場から100mほどのところにある博物館は、元は教会だった建物を再利用し、地元のプレゼーペ職人のマエストロであるマンフレード・プロイエッティ氏の作品を始め世界中から寄贈されたプレゼーペを展示している。この博物館を管理しているティツィアーナさんに、プレゼーペの由来について質問してみることにした。

 「プレゼーペの発祥がこの村だというのは本当ですか? プレゼーペにはどういう意味が込められているのでしょうか?」

  矢継ぎ早に質問した私に、ティツィアーナさんはゆっくりと、丁寧に説明してくれた。

 「世界で一番最初のプレゼーペはこのグレッチョの村で、1223年にアッシジの聖フランチェスコによって実現されました。最初のプレゼーペは人形ではなく人間、つまりグレッチョの大地主で貴族だったジョヴァンニ・ヴェリータと聖フランチェスコによって、キリスト生誕のシーンを表現したのが始まりです。その時、聖フランチェスコが奇跡を起こし、抱いていた幼子イエスの人形が本物の赤ちゃんになったという伝説が残っています。まぁ、本当かどうかは定かではないですけれど」。お茶目に笑いながら、ティツィアーナさんは聖フランチェスコとグレッチョのプレゼーペにまつわる話をいろいろと教えてくれた。

 



元は教会だった建物を利用した『国際プレゼーペ博物館/Museo Internazionale del Presepe』。内部には古い教会の祭壇跡も残されている(上)。博物館の中には、様々な素材で作られたプレゼーペが展示されている。著名な作家のものから素朴な木彫りの作品まで、世界中から寄せられたプレゼーペが見られる(下)。