文と写真/カワノアユミ

 

日本には様々な横丁がある。表通りから少し逸れた道に入ると並ぶ小さな看板の数々。ノスタルジックな赤ちょうちんやスナックが並ぶ”昭和横丁”から、バブル崩壊以降は寂れた趣の”平成横丁”。今どきの若者に人気の渋谷や恵比寿にある”令和横丁”まで、横丁にはその街の歴史が詰まっている。その空気に惹きつけられるかのように、今日も日本のどこかの横丁で呑んだくれる女が1人……。これは、元底辺キャバ嬢カワノアユミが織りなす横丁探訪記である。。

 

歌舞伎町で見つけた不思議な横丁

 眠らない街、歌舞伎町には昭和のムードが立ちこめる横丁が多く存在する。ゴールデン街、西口の思い出横丁、新宿センター街「思い出の抜け道」。20代のときに歌舞伎町で働いていたとき、私もよく飲みに行った。その頃から新宿は大きく変化し、かつてのコマ劇周辺は再開発され電線を地下に潜らせる「無電柱化推進計画」が進んでいる。私が初めて訪れた1990年代後半頃の歌舞伎町の残雑たるイメージは見る影もなくなった。そんな歌舞伎町のお膝元で、ある横丁を見つけた。

 

 その横丁は、JR新宿駅を背に新宿東宝ビルの少し手前を右に入る路地にある。すぐ隣には「I LOVE 歌舞伎町」のネオンが灯るビル。目の前にはこの1年間、ニュースで見る機会が増えた「トー横キッズ」がたむろする新宿東宝ビルがそびえている。

 

 一見、見落としそうな路地だが、一歩足を踏み入れると懐かしい雰囲気が広がっている。剥き出しの電線、古い建物から見える飲み屋の看板、店前に並べられたテーブル。わずか30メートルほどの道には、まるで一昔前のアジアの路地裏に迷い込んだような風景がある。この周辺は何度も来たことがあるが、なぜこのような横丁が歌舞伎町の中心に存在しているのか。

 

 話を聞こうと入ったのは、路地の奥にあるシーシャバー。この1年半、都内でタバコが吸える店はめっきり減ったがシーシャバーならゆっくりタバコを吸えそう。焼酎の烏龍茶割りを飲みながら、マスターに話を聞いてみた。岡山県出身で高校卒業後は大阪で料理人の仕事を経て、2005年に歌舞伎町にバーを出したという。

 

「当時、この路地は裏DVD屋ばかりで飲み屋はほとんどありませんでした。その後、歌舞伎町浄化作戦でDVD屋が一斉摘発されてから、徐々に店が増えていきましたね。店にシーシャを置いたのは2013年。あの頃、シーシャを吸えるのは渋谷や中野のアラビアレストランばかりで歌舞伎町では珍しかったですね」

 

 現在の路地にはバーや立呑み、占いからネイルサロンまで建物の2階まで所狭しと店が並んでいる。マスターいわく、この路地は建物や土地によってオーナーや大家がそれぞれ異なるという。他の路地とは違い、店前にテーブルや椅子を自由に出してもいいそうだ。路地にテーブルを出すようになったのはこの1、2年、コロナ禍の暗い雰囲気を少しでも明るくしようと外でも飲めるように各店のオーナーが置いたという。

 

歌舞伎町


アジアの雰囲気がある名もなき横丁