良い旅だったのか、それとも行ったことすら忘れたくなるような最悪の旅だったのか。

 旅の良し悪しは一緒に行く「人」や行く「場所」にもよりますが、その時の「天候」にも大きく左右されます。

 せっかく意中の人と念願のピクニックに行ったとしても、腰が抜けるような嵐に見舞われたら「万事休す」です。そのうえ、万が一遭難でもして、相手のことを見捨てたりなんてした日には、その後のチョメチョメは「ほぼ絶望的」といっても過言ではないでしょう。

 特に最近では、世界各地で目を疑いたくなるような異常気象が次々と報告されるようになりましたから、どこかに出かける際には天気予報だけに頼らず、常に「野生の勘」を働かせておく必要があるでしょう。

 そんなことを薄ぼんやりと考えていたら、なぜか幼い頃に母と祖母が毎朝、飼いのケツの匂いを嗅いでいたことを思い出しました。コトの真相は定かではありませんが、なんでも猫のケツの具合でその日の天気がわかるというのです。

 祖母曰く、臭くなかったら晴れ、芳しい匂いがしたら曇り、臭かったら雨、死人が出るほどの悪臭なら嵐……。

 気象衛星が飛び交う時代に、なんちゅう無意味なことをしているのかと母に問うと、これが馬鹿にできないほど当たると言います。

 そもそも母と祖母はメディアが報じる天気情報をまったく信用しておりませんでしたし実際、昭和時代の天気予報は、本当によくはずれました。

 母などはテレビでお馴染みの気象予報士に対して、口には出しては言えないほどの「破廉恥なあだ名」をつけておりましたし、祖母ににいたっては「もとより天気の良し悪しは軍の機密事項なのだから、国が本当のことなど言うはずがない」などと陰謀論まで持ち出す始末。

 他人様が聞いたら、まことにアホらしい話ではありますが、世間の嘲笑を裏切って「猫の天気予報」は、実によく当たりました。

 一度、雲一つない快晴の日に、飼い猫が毒ガス並みの悪臭を放っていたので「まさか」と思いながらも傘を持って行ったところ、午後から一気に空が暗くなり、その後「広島の暴走族でもやってきたのか?」と思えるような雷が鳴り響き、呼吸もできないほどの大嵐になりました。

 ずぶ濡れになりながら、ほうほうの体で家に辿り着いた私の前に「さもありなん」と言わんばかりに仁王立ちしていた母と、祖母と、飼い猫の姿を今でも鮮明に覚えております。

 仲の良い獣医に聞いてみたところ「猫のケツの匂いと天気の関係にエビデンスはない」とのことでしたが、同時に「だからと言ってそれを完全に否定することもできない」と言っておりました。

 そして今、偶然にも我が家には、18歳と10歳の、人間でいえば90歳と50歳の老猫がいます。

 試しにケツの匂いを嗅いでみたところ、案の定、クソの匂いしかしませんでした。

 しかしいつしか、この猫どものケツから「死人が出るほどの悪臭」が漂ってくる時がくるかもしれません。そんな時は最大限の警戒が必要といえましょう。

 そして我々人類もこれから旅に行く際には、五感を研ぎ澄まさなければならない時代が来ているのかもしれません。合掌。

記事&体験:TABILISTA編集部/蛇光院包