文と写真/藤井誠二 

 

12月18日 [SAT]   

 夜遅くに那覇空港に着いた。映画版の「怒り」をタブレットで観てきた。李相日監督。原作は吉田修一さん。世田谷区一家殺人事件(未解決)やリンゼイさん殺害事件から着想したことはすぐにわかるのだが、その犯人と周囲から疑われる三人の男の背負ってきた人生の「事情」と、周囲の人間たちの「事情」が絡み合う。舞台の一つは沖縄で、米兵に少女が桜坂の公園でレイプされるシーンが出てくる。人を信じることとはどういうことなのか、信じないのはなぜなのか。信じられない自分への怒り、さきの米兵レイプ事件のように理不尽極まるものに対する怒り世の中への怒り、信じてはいけなかった者に対する怒り。疑心暗鬼の感情で人間はどう動き、変わるのか。原作は読んだことがなかったので、すぐに取り寄せた。映画版から原作にいくという道順もある。

 空港に着いたら、その足でコザへタクシーを飛ばす。パークアベニューの「プレイヤーズカフェ」で「琉球新報」文化部の古堅一樹記者が待ってくれていた。ぼくが到着するとじきにジャン松元さんも合流。約三年続いた藤井&ジャンコンビの連載「藤井誠二の沖縄ひとモノガタリ」が終了したので、その打ち上げ。連載期間の大半は古堅記者が担当してくれたが、彼と酒を飲むのは初だ。ぼくはそのままコザのでいごホテルに泊まり、二人は帰った。建て替えられる前のでいごホテルにはかつて(二拠点生活を始める前)何泊かしたことがあるが、古びていても時代を経てきた味わいがあった。いまはふつうのどこにでもあるホテルになっていた。パークアベニューには、那覇の牧志で大人気の立ち飲み居酒屋ができていて、道路に酔客が溢れる人気ぶり。米軍基地のキャンプ・ハンセン内でクラスター発生したというニュースを昨日聞いた。

 

12月19日 [SUN]   

 早めに目が覚めたのでホテルで朝飯。シャワーを浴びて、昼までホテルの部屋でだらだら過ごし、ミニシアター「シアタードーナツ」に顔を出して、コーヒーを飲みながらオーナーの宮島真一さんとしばしゆんたく。そのあと中央パークアベニューの「インド屋」でヴィクターさんにあいさつに行く。新報連載を一冊に編んだ『沖縄ひとモノガタリ』に彼のことも書き下ろしで書いた。もうすぐ発売ですよ、と知らせた。インドの彼の故郷の刺繍いりの古布などを買う。

 次は、沖縄コザロック業界の重鎮である喜屋武幸男さんの、上地にある事務所へ20分ぐらいかけて歩いて向かう。途中で「沖縄そば ゆい」という1973年創業と看板に書かれた店にふらっと入り、小腹を沖縄そばで満たす。「沖縄ロック協会」の事務所では、喜屋武さんからいろいろな話を聞かせてもらう。お会いするのは二度目だが、80歳を超えているのに堂々とした体躯や顔の色つやは60歳ぐらいだと言っても誰も疑わないだろう。あとで聞いたら近所の運動公園で走っているという。すごいな。意気揚々としている。彼のコザの戦後史についての「語り」は濃密だ。生き証人といってもいい。身を乗り出して聴き入った。帰りは胡屋十字路のバス亭までクルマで送ってもらい、北谷経由だったが那覇行きのバスがちょうどやってきたので走って行って乗せてもらう。

 いったん安里の自宅に戻り、荷物をほどく。腹が減ったので、飯を喰いにぶらぶらと牧志へ歩いていつものセンベロ寿司「米仙」へ。が、満席。大将の於本秀樹さんにあとでまた来るから席を取っておいてねと頼んで、近くの「浮島ブルーイング」で、仲村渠WheatXという沖縄のクラフトビールを二杯飲む。稲作の発祥地・仲村渠で今もつくられている古代米(籾殻)を使用したシトラが香る小麦麦芽のエール、と説明にあるが、独特の苦みがたまらなくいい。「浮島ブルーイング」のビールはどれを飲んでも飲み飽きず、つまみなしで延々と飲める。「米仙」に戻るとカウンター席を取っておいてくれた。横を見ると、ジュンク堂書店店長の森本浩平さんと、今日、同書店で開かれたイベントに出演した落語家の桂きん太郎さんら落語家さん芸人さんがおられた。あとでそのテーブルに合流させてもらい、閉店までバカ話をする。

 

12月20日 [MON]  

 沖縄そばを自炊してデスクワークにとりかかる。インタビューの文字おこしや資料読み。やる気がしぼんできたから、夕刻に歩いて泊へ。「串豚」の数軒並びに古書店「ラテラ舎」がオープンしたばかりなので、初めてごあいさつ。お世話になっていたリブロの元店長・筒井陽一さんがリブロを退社して、那覇で古書店を始めたのだ。パートナーの筒井由子さんもおられた。すこしだけ新刊も扱っていて、「CONTE」の二号目を購入。そして、神戸のまめ書房(沖縄の本や工芸品を扱っている)の金澤伸昭さん・金澤由紀子夫妻も偶然居合わせて、互いにびっくり。仕入れに来たのだという。神戸に行ったらご挨拶にいこうと思っていたので、そうしたら西日本新聞那覇支局の野村創記者から電話があり、さっそく「串豚」で合流。企画について相談を受ける。

 

12月21日 [TUE]

 午前中に琉球新報社へ『沖縄ひとモノガタリ』のチラシを200枚受け取りにいく。行く前に立ち食い蕎麦屋の「永當蕎麦」に寄って蕎麦とカレーを食べたあと、県庁前を歩いていたら元ABブラザーズでいまは沖縄に移住して小説を書いている松野大介さんとばったり。そのあと、新都心へ向い、TSUTAYAのバイヤー・大家亘史さんに会い、本の内容を説明する。メインプレイスに歩いて行って、求陽堂書房の新里哲彦店長と併設してあるタリーズコーヒーのテラス席でしばしゆんたく。新里さんは本の目利きとしてリスペクトしている方だ。新里さんが今いちおしの深沢潮さんの『翡翠色の海へうたう』(サイン本)を購入。メインプレイスでチャーギ(葉)を買い、ヒヌカン(沖縄でかまどの神様) ─自分流につくってあるのだが─ に供えるためだ。なぜか、ふとそういう気分になった。からだがガチガチなので、全身もみほぐし一時間3000円の店を見つけたので飛び込む。指圧系というか、なかなか上手だった。歩いて帰る途中で「march lifestyle&green」の中で営業している「モガメン」でカフェオレをテイクアウトしていったん自宅に帰還。「モガメン」のマスターは一人で愛を連れてあちこちを転々としながら絶品の料理をつくる流浪の料理人。ジョエル&イーサン・コーエン兄弟の監督作「インサイド・ルーティン・ディヴィス 名もなき男の歌」(2014)を思い出してしまう。実在のフォークシンガーの存在をもとに着想された映画だが、シンガーは一匹の猫とともにニューヨークを放浪する話だ。「モガメン」にもシェフに寄り添うように猫がいる。名前は、くるぶし、ちゃんという。なぜ、くるぶし、なのかは知らない。猫ハウスで寝ていた。

 帰還して洗濯をする。夕刻に池田哲也さんらと、ぼくは昨日に続いて「串豚」でかるく飲む。

12月22日 [WED] 

 強い雨。気分が憂鬱。朝早くクルマを借りて、本部町のフェリー乗り場へひた走る。本部港にクルマを置いて11時発のフェリーで伊江島へ。卵と麸を炒めたものと豚カツの小片がご飯の上にのった小振りな弁当を乗り場の待ち合わせ場所で喰う。伊江島はずいぶん前に母と弟と来て以来だ。城山(ぐすくやま・村外からは"伊江島たっちゅう"と呼ばれている)の頂上まで母親の背中を押して登山道を登った。岩肌のところどころに、伊江島の激戦の砲弾(米軍の艦砲射撃)の痕が残る。伊江島を米軍が破壊し尽くしたあとは、城山は高さが三分の一になっていたという。今回は、すでにこの世にない方について取材。親族の方々に集まってもらうことになっている。

 フェリーで30分で着く。親族の一人の方に港に迎えに来てもらい、その方の知人が経営しておられる民宿へ。夕刻から島内に住む親族の方々が三々五々集まってきてくれるので、それまで民宿で昼寝をすることにした。昨夜はよく眠れなかったから。伊江島にいる間は自由に使っていいよと、迎えに来てくれた方が軽自動車を貸していただいた。

 夕刻にその方のお宅に軽自動車でうかがい、夕食をいただきながら取材。すべて美味しかったが、チーイリチャー(豚の血を使った豚肉や野菜の炒めもの)が普通に食卓に並んだことに驚いた。ぼくはチーイリチャーが大好物で『肉の王国 沖縄で愉しむ肉グルメ』(仲村清司さんは普久原朝充さんとの共著・2017)という本を作るためにチーイリチャー(那覇では山羊の血を使って、チーイリチーと呼ぶことが多い。チーイリチャーと発音するところは中部以北)三昧の日々を送っていた時期がある。それぐらい美味いのだが、すべて食堂か惣菜屋で食していた。一般の家庭の食卓で食べたことはなかった。

 取材はとても有意義だった。初めて聞く話が多い。翌日は島内を案内していただけることになり、昼頃に再訪することを約束して、民宿でシャワーを浴びて寝ることにした。寝る前に宿に置いてある新聞を読む。米軍の新型コロナウイルスのクラスターが207人に上がっている(21日付)ことを知る。キャプハンセン内だ。検査を受けずに沖縄に入ってくる米軍。沖縄にとってはすさまじいリスクである。22日付の新聞には沖縄予算が大幅に減額が提示されたことが報道されている。露骨なアメとムチのムチがふるわれようとしている。沖縄の新聞のことを「偏向」しているという右派系やネトウヨの連中がいるが、地元紙は事実を淡々と伝えているにすぎない。

肉の王国 沖縄で愉しむ肉グルメ Kindle版
肉の王国 沖縄で愉しむ肉グルメ Kindle版

「沖縄では豚は鳴き声以外は全部食べる」と言われるが、はたして本当なのか? そんな素朴な疑念からスタートした沖縄肉食グルメ取材。取材・執筆&鼎談は、大阪出身でウチナンチュ二世の作家・仲村清司、那覇で半移住生活を送るノンフィクションライター・藤井誠二、生まれも育ちも那覇の若い建築家・普久原朝充の三人。大衆食堂や惣菜店、那覇の新しいホルモンの名店、話題の絶品焼肉店などを食べ歩くうちに、三人の沖縄の肉食を巡る考察は、迷宮へと奥深く分け入っていく。そもそも、沖縄の伝統料理における肉食文化はどのように発展・継承されてきたのか。現在の沖縄の飲食店における肉食ブーム最先端はどうなっているのか。最高に美味しい沖縄の肉食グルメはどこにあるのか――。ディープで楽しい沖縄グルメルポ&ガイド。