文/ステファン・ダントン 

 

どんなに寒い朝でも私は目覚めるとすぐにベランダに出る。タバコをくゆらせながら濃いめに入れたインスタントコーヒーをすする。眼下に広がる海の色。行き交う船。海鳥の飛ぶ空。雲の流れ。

海を眺めれば日々の小さなストレスがあっという間にリセットできる。目の前の太平洋は遠くかなたの世界と確実につながっている。あの向こうに日本茶を届けるのが自分の使命だと力がわいてくる。

朝と夜、毎日のようにベランダから海を眺める


横須賀で暮らすようになったわけ

横須賀での生活が始まったのは22年前。妻と出会って日本に来て働き始め、2人の子どもに恵まれてから数年間は東京のはじっこのアパートで暮らしていた。妻の両親が高齢になったこともあり、横須賀の妻の実家を建て直して同居することを決断した。そして3年前、子どもたちが社会人になったのを機に、久里浜の海に面したマンションに引っ越した。

私の故郷リヨンに海はない。大きな川沿いに発展した商業都市の花屋の息子だった私は本を読んで見知らぬ世界を想像していた。今は海が私の想像力の源になっている。人生は不思議だ。

マンションのベランダのすぐ下は久里浜の海。向こうには対岸の南房総も見える。夏の花火大会もここから眺められる。フェリーや漁船が往来し、トンビやカモメが飛び交う。常に生きている海を実感できる。



対岸は房総半島(上)、三浦半島に沈む夕陽(下)

東は東京湾、西は相模湾、北には富士山が望める。南に広がる太平洋は外国とつながっている。ペリー来航の昔から、横須賀はあらゆるものを受け入れ、そして発信してきた。

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三浦半島の西側に位置する逗子や葉山は洗練されたまちとして知られるようになったが、東側の横須賀は違う。いい意味で泥臭い昔ながらの海のまちのムードが残っている。停滞しているわけではない。そこに暮らす人々の通り一遍ではない個性が集まって、予想もつかない何かを生み出す気配をいつも漂わせている。

 

■海を知らないリヨン人が海のまちの男に

私の故郷フランスのリヨンには海がない。登山が趣味だった。地図を広げてルートを検討し、山頂の景色を想像する。登頂に成功して眼下に広がる雲海を眺めたときの達成感は最高だった。それも今は昔。インターネットが普及して、登山ルートも山頂の景色もあらかじめ知ることができる。もう以前ほどの驚きや感激はなくなってしまった。

海は違う。常に動いている。横須賀は海岸線が入り組んでいて、少し車を走らせればまったく違う海の表情が見られる。横須賀で暮らすようになってからの私はすっかり海の男になった。

宮崎県の海岸を思わせるような景色。ラジオの音楽を鼻歌まじりで走行する