日本だけでなく、世界にも様々な横丁がある。表通りから少し逸れた道に入ると並ぶ小さな看板の数々。怪しいネオン、バックパッカーが集まるバー通り。その空気に惹きつけられるかのように、今日も世界のどこかの横丁で呑んだくれる女が1人……。これは、元底辺キャバ嬢カワノアユミが織りなす横丁探訪記である。。

 

■パッポンの思い出

 タイのパッポンが好きだ。バンコクを旅したことがある人であれば1度は訪れたことがあるだろう。パッポンはバンコクの三大ナイトスポットエリアの1つで、第二次世界大戦後、ウドム・パッポンという人物が中国の海南島からこの地に移住しバーを数軒作ったことからはじまった。その後、1960年代のベトナム戦争で訪れたアメリカ人兵達の遊び場としてゴーゴーバーやバービアが増え、歓楽街として発展した。

 バンコク・スカイトレインのサーラーデーン駅とバンコク・メトロのシーロム駅の近くに位置し、シーロム通りとスラウォン通りをつなぐ2本の通りで、ゴーゴーバーが並ぶ通りに所狭しと服や雑貨などが観光客向け価格で売られる「パッポンナイトマーケット」が毎晩行われるパッポン1。その隣にある、昔ながらのバービアが密集するのがパッポン2だ。

 夜遊びをするために、初めて私がパッポンに訪れたのは2004年。決して明るいとはいえないネオン街、寂れたゴーゴーバー、ブリーフ1枚でショーをするゴーゴーボーイ、怪しい客引き……。パッポン全盛期と呼ばれる1970~2000年代初頭はとうに過ぎていたが、その場末感がアジア初心者の私に刺さった。パッポンに泊まるときは、いつも昼過ぎに起きて夜更けまでゴーゴーバーやゲイディスコで遊んでいた。

 2022年1月、2年半ぶりにタイに渡った。タイへの入国は現在、タイランドパスによる隔離免除措置(TEST&GO)、またはサンドボックス・プログラムでの入国が可能となっている。だが、昨年の12/21より新型コロナの感染拡大を受け、タイランドパスの新規受付が停止となった。筆者はあらかじめタイランドパスが承認されていたため、当初の条件で入国することができた。コロナ禍のパッポンはどうなっているのだろうか。

以前のパッポン1(2019年撮影)

■パッポンで早く起きた朝は…

 2022年1月6日現在。タイでは歓楽街が規制され、飲み屋は23時までの営業となっていた。深夜0時には寝る生活を送っていたため、朝早くに目覚めてしまった。お腹が空いたので近くで開いているレストランを探す。元々、深夜まで営業するエリアなので、朝は24時間営業のレストランしかない。だが、観光客がいなくなった今はどこも閉まっていた。

 朝食を求めてパッポン1を歩いていると、シーロム通り側の屋台群が目についた。パッポンのモーニングマーケットだ。コーヒー、サンドイッチ、揚げパンなどの屋台が並び、これから出勤する人が朝食を買いに来る朝市場。色々なメニューがあってどれも目移りしてしまうが、ここはタイの朝食の定番「ジョーク(お粥)」がいい。豚肉や卵の具材に生姜がトッピングされているお粥が寝起きの体に染み渡る。

 

パッポンモーニングマーケット

ジョーク(お粥)

 

■早起きついでに出かけてみる

 早く起きてしまったので、最寄り駅のサムヤーン駅から地下鉄に乗った。2019年9月、MRT(地下鉄)ブルーラインが延伸し、三大寺院ワット・ポーや王宮へのアクセスがよくなった。ワット・ポーやワットプラケオに行くのであれば、サナームチャイ駅で降りるとよいだろう。王宮周辺は2004年に初めてタイ旅行で来たとき以来。18年前は何もなかったワット・ポー周辺は整備され、おしゃれな土産屋やカフェが並ぶ。川沿いのレストランでは、対面には暁の寺として知られるワット・アルンを臨むことができる。

ワット・ポー

ワット・ポー周辺

ワット・アルンが見えるカフェ