紀元前に造られた石畳が今も残るアッピア旧街道は古代遺産が数多く残るローマでも最も有名な観光スポットの一つ。街道沿いにあるサン・カッリスト、サン・セバスティアーノのカタコンベには連日のように大型バスで観光客が押し寄せているが、実はそのカタコンベ自体が広大な州立自然公園の一部であることはあまり知られていない。
美しい冬晴れの休日の朝、忙しない日常生活をしばし忘れるべく、古代ローマの面影が点在するこの公園内を歩くことにした。

 

■スタート地点は『クォ・ヴァディス?』の教会

 アッピア旧街道の起点はローマ市内のサン・セバスティアーノ門だが、今日は州立公園のインフォ・ポイントからスタート。まずは窓口でマップを購入し、お姉さんに見どころなどを聞いて情報をチェック。レンタサイクルにも惹かれたが、今日はぶらぶら歩きたい気分だったので自転車は次回のお楽しみにとっておくことにする。

 インフォ・ポイントの向かいには、かの有名なドミネ・クォ・ヴァディス教会がある。聖ペテロが十字架にかかるためにローマへと向かうキリストに出会ったのがこの地だと言われている。ついさっきまで、いつものバールでカフェを飲んでいた時はバールの親父と冗談を言い合っていた私だが、聖書の一節に出てくる場所に今こうして自分が立っているのかと思うと、やはりどこか神聖な気分にならざるを得ない。

 

迫害を逃れてこの地でイエスに遭遇した聖ペテロは「ドミネ、クォ・ヴァディス?(主よ、どこへ行かれるのですか)」と尋ねた。イエスはペテロに、「十字架にかかるためにローマへ行く」と答えた。

 

子どもも老人も羊も! 気ままな散歩を満喫

 公園内の中央にまっすぐに伸びる道を歩いていく。入り口付近は現代の道でアスファルトで舗装されている。ここからどんどん進むうちに時代が遡り、古代ローマ時代の道が現れてくるのだが、それはまだ先。ローマ独特の傘状の松の木やまっすぐ天に向かって伸びる糸杉の並木道、オリーヴの木など、沿道を彩るさまざまな樹木を愛でながら、ぶらぶら散歩を楽しむ。時には、羊飼いに連れられた羊の群れが、のんびりと日向ぼっこをしつつ草を食む光景も見られたりする。杖をついた老夫婦がゆったり歩く傍らを、ヘルメットをつけた小さな子ども連れの家族が自転車で颯爽と走り抜けてゆく。かと思えば、いちゃつきながら歩いている若いカップルの向かいから、考古学者らしきインテリ風の男性グループが議論を交わしながらやってくる。誰も彼もが自由気ままにこのロケーションを謳歌している様子があちこちで見られ、私もすっかりリラックスして開放的な気分になってきた。

 



約3500ヘクタールの面積を誇る州立公園内には、遺跡だけでなくローマならではの樹木や植物も。アッピア街道の「マイルストーン」の1から10までが公園内にある。

 

カタコンベの入り口で聴くグレゴリアン・チャント

 さて、どの辺りまで来たのだろう? 地図を見ると2番目のマイル・ストーンがあるあたり、サン・カッリストのカタコンベ付近にいることがわかった。ここから石畳までは、まだかなり距離がある。トイレに行きたくなっていた私は、野っ原だらけの周囲を見渡して困惑した。どうしよう? 苦肉の策でカタコンベの入口広場まで行ってみることにした。連日大量のツーリストが押し寄せる名所だから、トイレもきっとあるに違いない。

 不謹慎な目的でカタコンベへと歩き出した途端、どこからか清らかな歌声が聞こえて来た。これは、グレゴリアン・チャントだ。きっとチケット売り場で雰囲気を出すためにテープを流しているのだろうと考えた私は正真正銘の不届き者であることが、次の瞬間に判明。カタコンベへと続く分岐点で遭遇したのは、若い神学生のグループだった。彼らはここで、カタコンベに眠る魂のためにグレゴリアン・チャントを歌っていたのである。申し訳ない気持ちでいっぱいになったものの、やはりトイレには行っておかないと後でさらに困った事態になる。後ろめたさをひた隠しにしつつカタコンベの入口広場まで歩き、無事にトイレ休憩を済ませて早足で再び街道へ戻った。

 

無数の魂が眠る地下墓地「カタコンベ」は、いうまでもなく神聖な場所。入り口の広場までは無料だが、内部へ入るには有料のガイド付きツアーに参加する必要がある。