この街に引っ越してきた冬の日、僕はどこかで食事をしようと近所を歩いていた。日本でもとくに多民族集住が進む、新大久保である。日本食を圧する勢いで、韓国ネパール中国タイなどさまざまな国のレストランが並ぶ。その中からベトナムを選んで店内に入った。賑やかにベトナム語が飛びかい、店員の女の子にカタコトの日本語で「ハイ、ドゾー」なんて適当な感じに案内されると、旅慣れた東南アジアを感じてほっとする。

 さて、何を食べようかと思ったのだが、壁の貼り紙が気になった。なにやらベトナム語が書いてある。スマホで翻訳してみると、

「鍋はじめました」

 だった。そういえば、ベトナムにも「Lẩu」という鍋料理がある。南国でも、みんなでわいわい楽しめる鍋は人気なのだ。そんな故郷よりもはるかに寒い冬の日本では、鍋で温まりたいと殊更に思うのかもしれない。だから冬の到来に合わせて鍋メニューを充実させたという貼り紙なのだろうか。「冷やし中華はじめました」的な、この街ならではの歳時記のようだと思って、なんだか楽しくなった。

 結局あのとき「鍋は一人じゃきついよな」と断念したのだが、数年後の今冬、ふと思い出して食べてみた。知人と仕事の打ち合わせがてら、あのときの店ではないが、やはり新大久保のベトナム料理店に入った。

 おすすめだというヤギ鍋(Lẩu Dê)を頼んだのだが、これがいけた。骨付きのヤギ肉がどっさり入っていて、その出汁が染みたスープが濃厚でうまい。よく煮込まれたヤギ肉は骨からするりとはがれ、ほろほろに柔らかだ。臭みもない。ネギや大葉などの野菜もたっぷり、里芋のようなイモや豆腐も入っていて、身体の芯から温まる。シメは米だ。

 ほかのテーブルでも留学生らしきベトナム人たちが鍋をつついていた。日本の冬はきついだろうけど、それでも彼らは意外に寒さを面白がってもいるのだ。ベトナムではなかなかできない冬の装いを楽しんだり、雪にはしゃぐ姿も、新大久保ではよく見る。そんな姿にちょっと和む。これもやはり、この街の歳時記かもしれない。寒い日本で食べる鍋の味は、故郷と比べてどうだろうか。

 

寒い冬にぴったり、ほかほかになるベトナム風ヤギ鍋

骨付きのヤギ肉がどっさり。エキスたっぷりのスープも最高

お店は新大久保の「リスちゃん(Soc Con)」。3980円とやや高いがボリュームがあるのでシェアしよう