文/光瀬憲子

 

 「朝市に野菜を買いに行かないか?」

 というのが、台湾人である元夫の口説き文句だった。

 まだ台湾に暮らし始めたばかりの頃で、朝市がどんなものなのか知らず、戸惑った。台湾には至るところに伝統市場や菜市場と呼ばれる朝市がある。早朝から午前10時くらいまでがもっとも賑わいを見せ、野菜や精肉の売り場から、ちょっとした朝ごはんを食べる屋台までが1カ所に集まっていて、近所の人たちが朝の散歩がてらにその日の食材を買っていく。

 元夫は「今日うちに泊まっていきなよ」という意味で朝市へ行こうと言ったのだ。そして私たちは翌朝、朝市へ出向いてニラやらホウレンソウといった食材を買い込み、彼は野菜の卵とじみたいな朝ごはんを作ってくれた。私はといえば、初めて見る朝市の活気にずいぶん驚いたものである。

 

■朝の廟でカジュアルに願かけ

 台北の朝は早い。人々は仕事へ行く前に朝市で朝食をとったりするので、人気の朝食店は7時には人だかりができる。台北市内のホテルに泊まったら、ちょっと早起きして近所の朝市を覗いてみよう。まだバイクや自動車が煙を吐き出す前の空気を味わえる。

 天気がよければ断然おすすめなのは、拙著『台湾一周!安旨食堂の旅』でも取材した雙連市場。MRT淡水線の雙連駅から民權西路駅まで続く細長い公園沿いには色とりどりのパラソルが立ち並び、野菜、果物などから鍋などのキッチン用品、下着までが売られている。

 出店の間には文昌宮(写真)というなかなか立派な廟がある。台湾の廟は誰でも気軽に入ることができる。肉まんをかじりながらぶらりと立ち寄っても誰も文句など言わない。朝市で買った果物をぶら下げながら家内安全を祈願するお母さんは、なんだか微笑ましい。朝市の果物も、煮物も、立派なお供え物になる。

 

■台北駅から徒歩5分の朝市

 雨天の日が多い台北でも安心なのが城中市場。こちらは台北駅に近い武昌街にあり、銀行や商業ビルが立ちならぶ通りに突然あらわれる。ここにもやっぱり台灣省城隍廟というカラフルな廟がある。台湾では人々が集まるところに廟ができ、廟に人々が集まるとそこに市が立つのだ。そしてもちろん、市場のまわりには食べ物屋が集まる。

 

 通勤ラッシュ前の台北駅の裏を散策してみよう。ちょっと歩くと広々とした二二八和平公園がある。都会の真中なのに緑が多く、池まである。のんびりと犬の散歩をする人、太極拳の練習をするグループ、健康歩道なる小石の道で足つぼを刺激する人……自分もそんな人たちに混じって、都心にいながら喧騒から離れた時間を過ごすことができる。

 二二八和平公園のすぐそば、懷寧街と衡陽路の交差点付近に『台北永和豆漿大王』という豆乳の朝ごはん屋さんがある。入り口は小さく、店内にもテーブルが5つ並べられているだけだが、常連なのか、お年寄りや学校のカバンを下げた学生が静かに豆漿(豆乳)をすすっている。蛋餅(卵巻き)と燒餅夾油條(おやきの油條挟み)があれば、それで午前中の栄養は十分だ。