2020年、令和の時代になって初めてのお正月を迎えるにあたり、世界と日本の繋がりについて想いをはせた。イタリアで暮らしていても、最近では和食や武道、サブカルチャーなどを通じて、日本文化がイタリア人の日常生活の中にも少しずつ浸透してきているのを感じる。西洋とは全く異なる日本の伝統文化、歴史や思想は、西洋の人々にとってもはや「エキゾチック」なだけではなく、人生をよりよく生きるための一つの指標として受け止められているようだ。
 西洋の大地の中に、深く、静かに浸透している日本。そのことを最も強く実感したのは、イタリア半島の中東部、アドリア海の避暑地リミニのお隣にあるサンマリノ共和国に神道の神社があることを知った時だった。現在に至るまで、世界最古の独立共和国として確固たる歩みを続けてきたこの小さなカトリックの国に、なぜ神道の神社が造られることになったのか。新しい時代のお正月に際し、その理由を求めてサンマリノ共和国を訪れてみることにした。(*本記事はwebマガジン「TABILISTA」に2020年1月に掲載されたものです)

 

世界最古の独立共和国サンマリノ

 アドリア海沿岸、エミリア・ロマーニャ州のリミニから内陸へ約20km、ティターノ山の丘陵地帯にあるサンマリノ共和国は、世界で5番目に小さな独立国家である。この国の歴史は古く、伝説によると、リミニの港を建設するために石工として働いていたクロアチア出身のマリヌス(聖マリノ)が、ローマ皇帝によるキリスト教迫害を逃れるため301年に仲間とティターノ山に立てこもり、共同体を作ったことが国の起源と言われている。以来、人口約3万2千人のこの小さな共和国は、現在に至るまで1700年以上もの長きに渡り自由と平和を守り続け、現存する世界最古の共和国として広くその名が知られるようになった。サンマリノの歴史地区とティターノ山は、ユネスコ世界遺産にも登録されている。

 サンマリノ共和国の歴史地区は標高739mのティターノ山の頂上にあり、険しく切り立った断崖の上にそびえる城壁と3つの塔を持つ城塞はサンマリノのシンボルともなっている。中世の街並みが残る旧市街の城壁沿いからは、トスカーナ、エミリア・ロマーニャの平野からアペニン山脈、さらにはアドリア海沿岸に至るまで素晴らしいパノラマが望めるが、これは同時に、サンマリノ共和国がその独立を維持するために他国からの侵略に常に備えていたことを物語っている。サンマリノの国民の心には、平和を愛し、自由を尊ぶ精神が深く根付いていると言われるが、この頑健な孤高の城塞を見上げていると、その自由の精神を守るためにはどのような侵略も断じて許さないという強い気概が感じられる。

 





サンマリノ共和国の首都サンマリノ市の歴史地区は、中世時代の街並みが残っている。旧市街はどこもクリスマスと新年を祝うライトアップで彩られていた(上)。ティターノ山の頂上にある旧市街は、ぐるりと城壁で囲まれている(中)。自由の女神の像が中央に立つリベルタ広場(下)。



城壁の窓から眼下に広がる街とアドリア海沿岸の美しい夜景のパノラマを見渡す(上)。サンマリノ共和国の基幹産業でもある切手とコインは発行数が少なく、なかなか市場に流通しないため、コレクター垂涎の的となっている(下)。