出羽三山神社で修行したイタリア人宮司 

 参拝後、ブリガンテ宮司に「なぜ宮司になったのですか?」と素朴な質問をぶつけてみた。ブリガンテ宮司は日本の出羽三山で修行をし、神社本庁から神職の資格を受けて正式にサンマリノ神社の宮司として任命されている方だが、イタリア人の彼がどのようにして神道と出会ったのか、とても興味があった。私の問いに対し、宮司は「私はかつては仏教徒で、その前はカトリック教徒でした」と言いながら、自身の体験談を語ってくれた。

 イタリア人であるブリガンテ宮司は、若い頃は修道僧としての誓いを立てようとしたほど敬虔なカトリック教徒だったそうだ。しかし、彼自身が求めているスピリチュアリティー(精神性)をキリスト教は満たしてくれないことに気づき、その後、禅仏教に改宗。仏教の教えの中に探し続けているスピリチュアリティーへの答えを求め、仏教と精神性について深く学んでいったが、ここでもやはり壁にぶち当たってしまう。自身が強く探し求めるスピリチュアリティーに対する答えを得られないことから、特定の宗教を信仰することをやめ、独自で模索する日々が長く続いた。

 転機が訪れたのは2011年。兼ねてから知り合いだったサンマリノ共和国の駐日大使マンリオ・カデロ氏から、「欧州に神道の神社を造りたいと考えている」と聞いた時だった。カデロ大使は、「神道の神社をサンマリノに建立したい。サンマリノは世界最古の共和国であり、自由と平和を何世紀にも渡って守り続けてきた国だから、世界の平和を祈る場所を築くのにふさわしいと思う」と語った。それを聞いたブリガンテ宮司は、「でも神道とは一体なんですか?」と尋ねた。大使から神道について書かれた一冊の本を贈られた彼は、独学で神道を学び始めた。勉強を続けながら疑問が湧くたびに大使に質問を送ると、加瀬英明先生から非常に深淵で明確な答えが返ってくるようになった。やりとりを続けるうち、ブリガンテ宮司自身の質問もより深淵で明確なものになっていき、2013年のある日、ついに神社本庁から「日本へ来て本物の神道を体験しませんか」という誘いを受けた。神社本庁から派遣されたのが出羽三山神社で、そこで神道を身をもって学んだブリガンテ宮司は、サンマリノ神社創建と同時に同神社の宮司になることを決意する。

「私は神道を勉強する中で、“神道は宗教ではない”という事実を知りました。宗教は時に対立を生み出しますが、信仰そのものは本来そうではない。神道は私自身を特定の信仰に縛りつけず、また異なる信仰を排除することもありません。仏教徒もキリスト教ともイスラム教徒も排除することなく、全ての信仰を抱擁してくれるものです。私は個人的に、全ての宗教の基本は同じものであると考えています。誰もがみな、同じものを探し求めている。だからこそ、特定の信仰を持つことによって他者を排除するようなことがあってはならないと思うのです」。

 インタビューの後、ブリガンテ宮司が御朱印を押したカードを授けて下さった。サンマリノ神社が開かれた2014年6月22日の日付とサンマリノ共和国の切手が貼られているカードに日本語で書かれた御朱印が押されている。このカードを見ながら、遠く離れた二つの国が一つの場所で結ばれていることを強く実感した。

 





イタリア出身のフランチェスコ・ブリガンテ宮司。神社では結婚式や七五三などの祭事も受け付けている。ブリガンテ宮司は神社に奉仕する一方、サンマリノのホテルのオーナーも務めている(上)。天照皇大神を祀った本殿(中)。参拝記念にいただいた御朱印カード(下)