文/光瀬憲子

 

 

 私が台湾で暮らしていた十年ほどのあいだに、日本ではすっかり韓国をはじめとするアジア旅行ブームが定着していた。2007年に台湾との再スタートをきった私は、リハビリでもするように2泊、3泊と台湾への小旅行を始めた。

 かつてそこに暮らしていた事実はあったけれど、友だちと週末を利用して訪れる台湾はまったく違った場所に見えた。かき氷を食べるために行列に並ぶ。夜市で日本語のメニューがある豆花店を訪れる。

 また少しずつ、台北の風景を頭に刻むことが楽しく思えてきた。

 

今やすっかり台北のシンボルとなったTAIPEI101。このランドマークができて、台北東部にはモダンなエンタメ施設や商業施設が増えた

台湾と再び向き合うことで、克服すべきふたつのこと

 台湾をふたたび訪れるようになった私には、2つの目標があった。

 ひとつは、台湾の血を分けた娘が「台湾に行きたい」と言ったとき、ためらうことなく連れていけるくらい心のリハビリをしておくこと。

 そしてもうひとつは、大嫌いだった「お酒」を台湾で飲めるようになること。

 最初の目標は案外早く達成することができた。小学校高学年になった娘が自ら、「台湾に行ってみたい」と言い出したからだ。幼い頃に台湾を離れてしまった娘は、台湾のことも北京語もあまり覚えていないが、それでもどこかで台湾に手招きされているような感覚が残っているようだった。そして、台湾を再訪して豆花や魯肉飯を食べると、「この味知ってる!」と興奮した。寧夏夜市も、朝市も、彼女にとって初めての場所ではない。頭のすみっこに焼き付いていた記憶が呼び戻されたのかもしれない。日本の小学生にしては好き嫌いなく台北の屋台料理をなんでも平らげ、でこぼこの歩道も、夜市にうろつく野良犬を恐れることもなく、台北の風景に溶け込んだ。

 2つめの目標。嫌いだったお酒を好きになること。これは、アルコールを摂取できる体質を作るという意味ではなく、1つめと同じように心のリハビリだ。私の元夫は酒飲みだった。アルコール度数が30パーセント以上もある焼酎のボトルを一晩で空けてしまうほどの酒飲みだ。それだけが離婚の原因だったわけではないが、一端を担っていたと思う。

 それもあって、私はお酒と、お酒を飲む人が嫌いだった。日本に帰国してからは忘年会も打ち上げもウーロン茶で乗り切った。新たに男性と知り合っても、酒好きというだけでNGだった。

 でも40歳を過ぎて、お付き合いで日本の庶民的な居酒屋や食堂に出入りするようになると、酒を出す店の雰囲気がとても好きな自分に気づいた。赤ちょうちんや、焼き鳥のカウンター、そして、そこに座るサラリーマンの先輩と後輩の他愛ない会話や愚痴。そして同時に、実は日本酒の甘みも、芋焼酎の豊かな味わいも、けっして嫌いでないことがわかった。食べず嫌い、飲まず嫌いというやつだ。ピザよりも、モツ煮のほうが性に合っている。彼氏とワインよりも、隣の席のおじさんと乾杯するほうが楽しい。

 

台北西部の艋舺の風景。20年前と変わらないはずだが、かつてはこの街にに魅力を感じるほど大人ではなかった