文/光瀬憲子
自分でも嫌になるくらいせっかちなタチだ。旅先では常にいちばん効率のよい動線を考えて移動する。なので台湾では高鉄(台湾新幹線)ばかり利用していると思われがちだが、電車に関してだけは各駅停車が好きなのだ。
じつは乗り物全般があまり得意でなく、ことに電車に関しては「途中で何かあって閉じ込められたらどうしよう……」という強迫観念(エレベーターにも乗りたくない)が起き、各駅停車を選んでしまう。
東海道新幹線だって、時間の許す限り「のぞみ」よりも「こだま」がいい。台湾でも高鉄より断然、台鉄(在来線)を選ぶ。
今回はそんな私の「鉄路の旅の楽しみ方」をお伝えしたい。
■駅弁もいいけど、持ち込みも

電車の旅の楽しみのひとつは食べものだ。
台鉄はのんびり走るので、1時間、2時間の乗車時間は当たり前。そうなると、電車の中でおやつなり弁当なりを確保しておきたくなる。駅で販売している台鉄弁当も魅力的だが、私は電車に乗る前に訪れた町の市場や食堂やでテイクアウトすることが多い。
肉まんを買うこともあれば、豆漿(豆乳)と饅頭(マントウ)のときもある。朝市に寄る機会があればおこわ弁当なんかがおすすめだ。車内で食べても匂いが気にならず、お腹にたまる。

台湾東部の米どころ、池上では、駅のホームで池上飯包という絶品弁当を販売している。白米が美味しく、おかずも肉と野菜のバランスがとれている。私はお米の質や炊き方にこだわりがあるのだが、この弁当は冷や飯でもかなり美味しい。


■車内での思わぬ出会い。縁は異なもの味なもの
せっかちなのに在来線でのんびり旅をするのが好きと書いたが、電車に乗っているときはうとうとしているのかと言うと、そうではない。移動中はまとまった時間を使っていろんなことができるので、寝るなんてもったいない! そう考えてしまう性質だ。
日本では郊外に住んでいるので、都内に出るときは1時間以上電車に乗ることが多い。ふだん執筆や翻訳仕事で忙殺され、睡眠時間も少ないので、車内ではたいていは寝てしまう。
でも、台湾の列車ではなぜかそれほど眠くならない。揺れが不規則なうえに、電車の音も、周りの人たちの話し声も聞こえるので目が冴えてしまうのだ。そんなときの人間観察はなかなかおもしろい。
出張で移動するビジネスマンは高鉄を使うことが多いので、台鉄を利用する人は時間を気にせず移動できる人、旅費を節約したい人が多く、客層がなかなか興味深い。学生カップルや学生グループ、親戚に会いに行くおばさんたち、家族連れで遊びに行く人、などなど。
台湾の電車内では携帯電話の使用を控える、という風習もないので、どこからか怪しい商談が聞こえてきたり、嫁の悪口が聞こえてきたりする。静かな高鉄と比べるとだいぶ和んだ雰囲気だし、台鉄の中では北京語よりも台湾語率が高い。それだけ地元と密着していることがうかがえる。

そうやって周りに聞き耳を立てていると、なにやら日本語が聞こえてきた。日本人旅行者だろうか? それにしては、まるで先生のようにハキハキした中高年男性の声だ。その声がするそばまで移動してみると、高齢の男性が隣に座った学生風の若い男の子に日本語を教えている。日本人と間違えるくらい日本語が上手だ。先生と生徒は祖父と孫、というほど親しくもなさそうである。
日本語レッスンが終了した頃、高齢男性に「日本語がお上手ですね」と話しかけてみると、たまたま隣に座った日本語を勉強中の学生に日本語を教えていたのだという。そう、日本時代を日本の教育で過ごした世代だ。学生は「どうもありがとうございました」と礼をして電車を降りた。
日本語の上手な台湾人男性と電話番号を交換し、単行本の取材を通して大変お世話になった。こんな出会いもまた、誰もがのびのびとおしゃべりを楽しむ台鉄車内ならではである。
