「室町時代の食事は健康にいいそうです」

 よく行く和食店の方が真顔で返してきて、お茶を吹きかけた。

 「健康にいい」といわれる食なら各国で見てきたが、京都ってどうなんだろう? と、なんとなく聞いた結果がこれだ。京都では常識なのか。

 「どうでしょう、調理学校の座学で最初に教わったんですが……」

 さすが京都、話のスタート地点が古い。

 がぜん興味が出て会う人会う人に聞いてみた。

 二児のママさん「うーん、すぐき(す↗ぐ↗き、と発音)ですかね? 給食にも月に1回出ますよ」

 漬物屋の店員さん「湯葉とか……いわゆるおばんざいも体にいい……ような」

 いわゆる「健康食」というのは外の人間が指摘してはじめて気が付くもので、地元民はそんな意識もないから回答がふわっとしてしまうのも分かる。

 いっぽう、世間には「京都幻想」なるものがある。

 「京都のものは薄味で上品で、身体にもいいだ」

 わが老父(生粋の山梨県民)は食卓でしょっちゅう褒め称えている(そのたびに母が「ウチは濃い味ですいませんね」と返すのがセットだ)。薄味、素材の味が生きた、伝統の手法、丁寧につくった料理=健康にいい、みたいな幻想が地方民には存在している。

 「そうでもないで」

 あっさり却下するのは、別の日に訪れたいつものおでん屋のご主人。漬物、ラーメン、惣菜パン。確かに京都っ子が愛してやまない食べ物は意外とコッテリ濃い味で、油断してると塩分過多になりそうだ。
「ただ薬味はよう使うな。だから薄味でいい、薄味のほうがいい、とはいえるかも分からん」
 確かに。たとえば京都のうどん屋ならどこでもある山椒の粉は、東京ではめったに見ないかも。このおでんも柚子が効いてて、はあ、おいしー。

 

’いつものおでん屋’ことご近所の名店『すず菜』のおでん。湯葉、なす、壬生菜とおでんの無限の可能性(やや大げさ)に目を見張る

 京都にいると、食で四季を強く意識させられる。タケノコ、ハモ、湯豆腐などメニューや薬味が変わることで、季節の変化を舌が知る。

 季節の行事が多く、精進料理や茶の湯文化を発展させてきた土地柄もあり、素材の味を生かしてというより、素材から季節を感じたい、というほうが主眼かも。結果的に旬の素材を薄味で調理した、わが父絶賛の食文化につながっていくのかな。

 

『すず菜』の具たっぷりな茶碗蒸し。卵を愛する街・京都ではお吸い物代わりに茶碗蒸し、みたいな感覚もあり、料亭、寿司店、居酒屋、どこでも遭遇する。冬にありがたい、熱々のごちそうだ