四季がある国で生きる最大の幸せは、季節ごとの自然の恵みを享受できることだろう。日本もイタリアも春夏秋冬がはっきりしていて、四季折々に移り変わる自然美を愛でたり、旬の食材が味わえる点が共通している。また、季節ごとの食にこだわりを持っているという点でも、両国民はとても似ていると感じることが多々ある。旅先でも、日本で「冬の北海道なら蟹を食べなきゃ!」と考える人がたくさんいるように、イタリアでも「秋のトスカーナならポルチーニ茸」、「この季節のローマはカルチョーフィ(=アーティチョーク)」という具合で、訪れた土地の旬の味に出会うことが旅の重要な目的の一つとなっている。

 

旬のローマ産アーティチョークと出始めたばかりのそら豆、生グリーンピースをさっと炒めて食べる。この一皿だけで、冬が終わりに近づき、春がそこまで来ている事を実感できる。

 以前、漢方薬膳について聞きかじった時、真っ先に教えられたのが「旬の食材を食べること」だった。季節や土地柄など、自分が生きる自然環境に合った食材を知ることは、医食同源を実践する漢方薬膳において最も重要な教えの一つ。しかし、この「季節のもの、土地のものを食べる」という行為は、薬膳を学ぶまでもなく、イタリアではごくごく当たり前のこととして一般家庭に浸透している。そのことを薬膳の先生に伝えると「なんて素晴らしい食環境なの!」と感動された。反対にイタリア人にその話をすると、「旬のものが一番安くて美味しくて、その季節に穫れる食材はその時期に私たちの体が必要としている栄養素をいっぱい含んでいるのだから、食べて当然」と言われた。なるほど、イタリアのマンマ達が昔からの食習慣を頑固に守っているのにはそれなりの理由があるのだ。

 

多種多様な旬の野菜が勢ぞろいする市場は季節を肌で感じられる場所。寒い冬には、たくさんの野菜を刻んでセットにした煮込み料理やミネストローネ用のパックも用意されている。

 四季折々の旬の食材は肉や魚もあるのだが、最も種類が豊富で味のバラエティにも富んでいるのはやはり野菜だろう。常々感じていることだが、イタリアの野菜は自己主張が強い。姿形が美しい日本の野菜達が、やんわり、じっくり味を出すのに対し、不揃いで不恰好なイタリアの野菜達は、にんじんもナスもズッキーニも、「これが俺様だ!」という味を押し出してくる。それだけに、旬の野菜を食べると、その濃厚な味の中に蓄えられた大地のエネルギーやパワーを自分の体内に吸収していることをはっきりと実感させられる。
 「健康的だから」というよりは、「ただ単に安くて美味しいから」という理由だけで旬の野菜を今日まで食べ続けてきた私だが、どうやら知らず知らずのうちに身体に一番良い食事法を実践していたらしい。食いしん坊の自分を褒めてやりたくなった。

 

自己主張しまくりの野菜達を全部刻んで煮込んだミネストローネ。塩と胡椒でささっと味付けしただけで、野菜の旨味がぎゅっと詰まった絶品スープが出来上がる。