私の健康食はずばり「蕎麦」である。わが生まれ故郷は信州佐久の小諸である。

なので蕎麦は日常的な家庭食であり、ものごころ付いた頃から祖母や母が手打ちする蕎麦を当たり前のように食べて育った。

 

 「信州信濃の蕎麦よりも、あたしゃあんたのそばがいい」

とは、映画『男はつらいよ』で寅さんが発した口上だが、私に言わせれば、

 「信州信濃の蕎麦よりも、あたしゃうめ〜もの知らね〜ずら」

 というわけだが、それは大人になってからのことで、少なくも子供の頃は、蕎麦を旨いとは感じなかった。無理もない。毎日のように食べさせられたからだ。

 小学生の頃は遠出することは許されなかったが、中学生になると父のカメラを借りて信越本線や小海線の撮影に遠征するようになった。被写体は特急「はくたか」号や、「八ヶ岳高原」号である。1日中撮影すれば腹も減る。一番食べたかったのは「峠の釜めし」などの駅弁だったが中学生の小遣いでは高嶺の花。そこで、リーズナブルな駅そばとなった。値段は覚えていないが、私が中学生だった1967(昭和42)年の復刻版時刻表を開いてみれば、横川駅の「峠の釜めし」が200円なのに対し、軽井沢駅の「折そば」が70円。ということは、駅の立ち食い蕎麦は50円ほどだったと思われる。かくして、駅蕎麦初体験となったわけだが、その、旨いのなんの。一発で気に入った。

 

 かくして私にとって蕎麦は永遠の大好物となったわけだが、今から17年前の2005年、私の食生活は一変した。漫画アクションで「駅弁ひとり旅」の連載が始まったからである。それ以前も、駅弁は大好物だったが、仕事となると食べる量が違う。1日に朝昼夕夜とそれぞれ2個ずつ1日8食以上食べる日も珍しくないほど。かくして体重はうなぎ上りとなり、ついにドクターストップがかかった。

 「これだけコレステロールが高いと、今日から肉と鰻と魚卵は厳禁です。ご飯も茶碗に半分以下。血圧も高いからみそ汁もだめ。食べていいものは、レタス、キャベツ、白菜、大根、もやし、ワカメ……」。トトホである。

けれども、ドクターは最後にこう言った。

「蕎麦はいいですよ!」